京都市立芸術大学 副学長 大嶋義実×京都コンサートホール プロデューサー 高野裕子 対談<後編>(Kyoto Music Caravan 2023)

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京都コンサートホール

2023年、京都市立芸術大学の新キャンパス移転と文化庁の京都移転を記念して、京都市内で開催中のクラシック音楽の一大イベント「Kyoto Music Caravan 2023」。京都市11行政区それぞれの名所や観光地で無料コンサートを開催しており、その締めくくりとして「スペシャル・コンサート」を京都市立芸術大学の新キャンパスで行います。

10月1日に京都市立芸術大学の新キャンパスがオープンしたことを記念し、京都市立芸術大学副学長の大嶋義実教授と、Kyoto Music Caravan 2023のディレクターである京都コンサートホールプロデューサーの高野裕子による対談を2回に分けて実施しました。
前編では本企画が生まれた背景についてお届けしましたが、後編では京都芸大の新キャンパスや「スペシャル・コンサート」についてお送りします。
ぜひ最後までご覧ください。

(聞き手:京都コンサートホール 中田 寿)

――今回は対談の後編ということで、「スペシャル・コンサート」を行う、新キャンパスの堀場信吉記念ホールにやってまいりました。新しいキャンパスはいかがですか?

大嶋氏(以下、敬称略):新キャンパスのコンセプトは「テラスのような大学」です。外側に向かって開かれ、社会の中から少し浮き上がっていて、人が自由に出たり入ったりできるような大学を目指しています。
実際にほんの一週間だけ使っていても、見事にそのコンセプトを表現できているように感じています。

――一般の方が入れるスペースもあるのでしょうか。

大嶋:そうですね。まだ準備中のところもありますが、図書館など一般の方が自由に入れるスペースはあります。もちろん練習室などはセキュリティがしっかりしています。いま対談を行っているこのホールは、11月2日の杮落とし公演で、一般の方々にも開放されます。

堀場信吉記念ホール(京都市立芸術大学)

――高野さんは新キャンパスに本日初めて入られたと思いますが、第一印象はいかがですか?

高野:ガラス張りのキャンパスで、外側から光がたくさん入るせいか、全体的に明るい印象を受けました。京都駅からのアクセスが抜群に良いですね。

大嶋:そうですね。駅からこのホールまでだと徒歩5分で来られると思います。

高野:ロケーションとしても京都の中心地にありますし、雰囲気も明るくて開放的なキャンパスですので、人がどんどん集まる大学になるのではないかなと思います。

大嶋:本当にそういう大学になりたいですね。

――京都駅付近は観光客の方も多いので、そういった学外の方々もこのキャンパスに興味を持たれるかもしれませんね。

芸大通(京都市立芸術大学)©市川靖史

大嶋:このホールが入っている建物と隣の建物の間に、道が一本入っています。我々はそれを「芸大通」と呼んでいるのですが、そこは誰もが入れるエリアで、すでに外国の観光客の方々がリュックサックを背負って歩いているのを幾度も見ています。

高野:沓掛キャンパスでは見られなかった光景ですよね。

大嶋:そうですね。その前の岡崎キャンパスは、平安神宮と塀一枚しか隔てられてなかったので、外国の方がよく平安神宮と間違えて、キャンパスに入って来たことを思い出します。

――大嶋さんが新キャンパスで特に注目している場所はどこですか?

大嶋:さきほどお話した「芸大通」は南北を通る道ですが、東西の通りには大階段があります。将来的にはそこで、美術と音楽の学生がコラボレーションしてパフォーマンスができたらいいなと思っています。

――素敵ですね!
いま私たちがいる「堀場信吉記念ホール」はどのようなコンセプトのもとで設計されたのでしょうか。

大嶋:まず客席数について、小さすぎず大きすぎず、京都のクラシック音楽用のホールにはない「800席」という規模が選ばれました。この「800席」という数字は、大学の式典等をするのにもぴったりのサイズなんですよ。
あとは、オペラにもオーケストラの響きにも合うように設計されました。京都コンサートホール 大ホールと同じ「シューボックス」型のホールですが、前4列は座席を収納するとオーケストラ・ピットにもできる仕様になっています。

高野:学生たちの実技試験もこのホールで行われるのでしょうか。

大嶋:はい、その予定です。

高野:響きがとても良いので、このホールでオーケストラの練習や実技試験をしたら、演奏家としての「よい耳」が育つでしょうね。

大嶋:そうですね。練習室ばかりではなくて、音響のいいホールで演奏経験を積めるのは、学生たちにとって大きな自信に繋がると思います。
私は教育機関に併設されているホールを「道場」とよく呼んでいますが、学生たちにはこの「道場」で自分の技を磨いて卒業してほしいなと思っています。

高野:今回の移転で新しいピアノを何台か導入されたそうですね。

大嶋:はい、本当にありがたいことにご寄付をいただき、新しく3台のピアノを迎えることができました。

高野:ご寄付いただけるなんて、素晴らしいことですね。

大嶋:卒業生など様々な方々からご縁を繋げていただき、一件一件直接お願いしに伺いました。たくさんの方々から今回の移転に対してご賛同いただき、多くのご寄付をいただけたことは、本当に嬉しかったです。
本学には「笠原記念アンサンブルホール」という名前のホールがもう一つあるのですが、その名前の由来になった株式会社MIXI創設者の笠原健治さんのお母さまは、京都芸大で35年間ピアノを教えていらっしゃったピアノの先生でした。そのようなご縁でMIXIの本社に伺って寄付をお願いしましたら、快く賛同してくださいました。
また、京都市内の楽器屋さんから「京都芸大の移転は音楽業界にとって非常に大切なこと。今後も良い音楽家をたくさん輩出する良い大学になってほしい」とご寄付してくださったんです。そのお気持ちは涙が出るほどありがたかったです。

笠原記念アンサンブルホール(京都市立芸術大学)©市川靖史

高野:たくさんの方のご尽力があってこの移転が実現したということですね。

大嶋:本当にその通りです。

――次はスペシャルコンサートについてお伺いします。いま対談を行っているこの会場で『Kyoto Music Caravan 2023』の締めくくりとなる「スペシャルコンサート」を2024年3月30日に開催します。どういった意図で企画されましたか。

高野:Kyoto Music Caravan 2023』の最後を飾る「スペシャルコンサート」は、とにかく明るくて楽しいコンサートにしたいと思っていました。このコンサートが「終わり」ではなく、ここから何かが始まって、それがずっと先にまで繋がっていってほしいと気持ちがあったのです。
そこで、京都芸大の在学生はもちろん、京都にはクラシック音楽を学ぶ子どもたちがたくさんいますから、彼らにも出演していただくことで、京都の「未来の音楽シーン」を明るく華やかに描けるのではないかと考えました。

――なぜ京都芸大の学生だけでなく、子どもたちにも出演をお願いしたのでしょうか。

高野:京都は、クラシック音楽を学ぶ土壌が整っているまちだと思っています。京都子どもの音楽教室や京都市少年合唱団、京都市ジュニアオーケストラ、そして京都堀川音楽高校と、様々なジャンルのクラシック音楽を小さい時から学べるのです。子どもたちが成長して、クラシック音楽を本格的に学びたいと思った時は、京都市立芸術大学音楽学部への進学を目指すことができます。
この京都らしさや強みをコンサートを通して伝えたいと思っています。

――こんなにも音楽教育の環境が充実している町はなかなかないですよね。合同演奏では、阪哲朗さんが指揮を務めてくださいますね。

阪哲朗 ©Florian Hammerich

高野:はい、阪先生は京都芸大のご出身で、現在は母校の指揮科教授を務めていらっしゃり、かつ日本を代表する指揮者でいらっしゃいます。最後のステージを飾ってくださるのは、阪先生しかいらっしゃらない・・・という気持ちでご出演をお願いさせていただきました。

大嶋:阪先生は非常にお忙しい先生ですから、ご出演くださるのは有り難いですね。

高野:そうなんです。ご多忙でいらっしゃるにもかかわらず「スペシャル・コンサート」のためにご予定を空けてくださったのは、阪先生が母校の新キャンパスや子どもたちとの共演に期待してくださっているからだと思います。

――そんな阪先生と子どもたちがこのステージで演奏するのですね。

大嶋:このホールの名前にもなっている堀場信吉先生は、京都芸大の前身である「京都市立音楽短期大学」ができた時の最初の学長で、音楽学部の基礎を作ってくださった方です。信吉先生は、音楽家のキャリア形成を大変重要視されていて、京都芸大だけでなく京都市立堀川高等学校音楽課程(現 京都市立京都堀川音楽高等学校)のことも気にかけていたそうです。

高野:音楽家のキャリア形成を重要視されていたなんて、時代を先取りしていらっしゃったような先生だったのですね。

大嶋:はい、そうですね。
今回のコンサートで、そんな信吉先生の想いを受けた学校の生徒たちが、先生の名前の付いたホールで演奏するところを、皆さまにご鑑賞いただけるのは嬉しいですね。そして演奏者たちには、信吉先生に「聴いてくださっていますか」という気持ちで演奏してもらいたいと思います。

京都市立京都堀川音楽高等学校

――今回の出演団体の一つである「京都子どもの音楽教室」は、短期大学設立の翌年である1953年に創立されていますので、音楽教室にも信吉先生の想いが繋がっているかもしれませんね。

大嶋:その通りだと思います。音楽教室はもともと京都芸大の教員による「音楽教育研究会」が運営していました。幼い頃からの音楽教育は子どもたちの人格形成にかならずや良い影響をおよぼすであろうと信じ長年活動してきました。食べることにも困っていたはずの戦後すぐの時代に未来を見据えて「これからの子どもたちには音楽が必要である」とおそらく考えられた信吉先生の思いを我々も引き継いでいかねばならないと感じています。

京都子どもの音楽教室

――スペシャルコンサートでは、そんな想いを受け継いだ子どもたちが演奏を披露してくださるわけですね。

高野:プログラム前半は単独ステージとして、音楽教室・少年合唱団・ジュニアオーケストラ・堀川音楽高校がそれぞれの演奏を披露してくださいます。
プログラム後半は、京都芸大の学生たちと子どもたちが一緒になって、ジョン・ラターの《グローリア》を演奏し、華やかにコンサートを締めくくります。

京都市ジュニアオーケストラ©Tatsuo Sasaki

――後半は全員で演奏するわけですね。

高野:そうですね。芸大生であるお兄さん・お姉さんの隣で子どもたちも一緒に演奏することが大切だと思っています。

――そういう機会はあまりないのでしょうか?

大嶋:子どもの音楽教室や堀川音楽高校の演奏会を京都芸大生が手伝うことはありますが、同じ仲間として一つの演奏会を作り上げるということはこれまであまりなかったのではないでしょうか。その光景を見たら、信吉先生もきっと天国で喜んでくださると思います。

京都市少年合唱団

――たくさんのお客さまにお越しいただきたいですね。

高野:クラシック音楽がお好きな方はもちろん、近隣の方々や子どもたちの演奏を聴いてみたい方、新キャンパスに興味がある方、さまざまなお客さまにお越しいただきたいです。

――コンサートを通して、お客さまにどのようなことを伝えたいですか。

高野:昨今の世界では様々なことが起こっていますが、「京都の文化芸術の未来はきっと楽しいものになるにちがいない」と感じていただきたいです。また、たくさんの方々に、京都ゆかりの音楽家たちの活動を応援していただきたいです。

大嶋:11区で行っている無料コンサートにお越しくださったお客さまがスペシャルコンサートにも来てくださったら嬉しいですね。

――市内11区のコンサートでは私たちがホールを飛び出して演奏をお届けしていますが、今度は皆さまに京都芸大のホールへお越しいただくことになりますね。

高野:11区で開催している無料コンサートでは、さまざまなお客さまがお越しくださっているのだなと感じます。なかには、「クラシック音楽にはあまり興味がなかったけれど、お寺や神社でのコンサートが気になったから来てみました」というお客さまもいらっしゃるわけです。このようなお客さまって、ホールで演奏会を開催している時にはあまり出会うことのできないタイプのお客さまなんですよね。そういった新たな出会いがとても嬉しいです。

大嶋:スペシャルコンサートを聴いたことで、クラシック音楽ファンになって、京都コンサートホールにも行ってみようと思ってくださったら、本当にいいですよね。

――ぜひそうなってほしいです。本企画でホールを出て様々な会場でコンサートをしたことで感じたことはありましたか?

高野:ホールでお客さまがいらっしゃるのを待つだけではなく、こちらから出向いて生演奏を届けながら、ホールの存在をアピールすることが大切だなと感じました。先ほどもお話しましたが、新たなファン層を獲得するために必要なプロセスだと考えています。

大嶋:本企画を通して、これまで繋がらなかった音楽家や会場を提供してくださった各会場の皆さんと出会えたことも大きな収穫でしたね。

高野:それは本当にそうですね。今回、素晴らしい音楽家がまだたくさんいることをあらためて認識しましたので、どんどん外へ出て色んな若い音楽家たちと出会いたいと強く思いました。

――では最後に、今後も魅力的な「文化芸術都市・京都」であり続けるために、必要だと思われることを教えてください。

大嶋:まず京都芸大としては、良い卒業生を送り出すこと、そのためには良い先生が活発な活動をされること、それに尽きますね。学生や先生が自分のクリエイティビティを今まで以上に発揮できる環境になれば、より良い演奏研究やより良い音楽教育に繋がると思います。そうなれば自然に「京都芸大が面白いことやっている」と外に伝わっていくのではないでしょうか。
また京都の未来については、有名なアーティストのコンサートだから聴きに行くのではなく、京都コンサートホールの企画だから行く、京都に行けば内容の濃い音楽に触れられる、となってほしいと思っています。
そのための人材供給を京都芸大ができたら、これほど嬉しいことはないと思っています。

――高野さんは、今後の京都の文化芸術シーンを盛り上げるために、どのようなホールであり続けたいと思っていますか。

高野:京都コンサートホールでは、2019年からアウトリーチ事業に力を入れてきました。あらゆる方々に生演奏をお届けしてファン層を拡大していく、京都で活躍する若手音楽家の活動の場を公共ホールが広げていく――そういったことを目的とした事業です。このアウトリーチ事業と『Kyoto Music Caravan 2023』は違う事業のように見えるかもしれませんが、目指す方向性は同じです。今後もわたしたちは、地元京都ゆかりの音楽家を応援し続けるホールでありたいと考えています。

また本企画を通じて、京都芸大との連携について大きな可能性を見出すことができました。今後、当ホールや京都芸大、堀川音楽高校、子どもの音楽教室、少年合唱団、ジュニアオーケストラが連携しながら互いに発展していけるかどうか・・・それが、京都のクラシック音楽界の発展にも繋がっていくと思っています。京都コンサートホールは、みんなをつなぐ「ハブ」のような役割として、今後も機能していきたいです。

――たくさんお話を聞かせていただき、ありがとうございました。『Kyoto Music Caravan 2023』はまだ続きますので、引き続きよろしくお願いいたします。

 


大嶋 義実(おおしま・よしみ)
京都芸大卒業後、ウィーン国立音大を最優秀で卒業。プラハ放送響首席奏者、群響第一奏者を歴任。現在京都芸大副学長・理事、同大音楽学部・研究科教授を兼任している。
日本音コンをはじめとする内外のコンクールに入賞入選。ソリストとして国内はもとよりヨーロッパ各地、アジア諸都市で毎年公演を行なうほか、プラハ響、群響、京響をはじめ数多くのオーケストラと協演。多数のCD他、著書に《音楽力が高まる17の「なに?」》、第1回音楽本大賞読者賞を受賞した《演奏家が語る音楽の哲学》がある。

 

高野 裕子(たかの・ゆうこ)
京都市出身。京都市立音楽高等学校(現 京都市立京都堀川音楽高等学校)、京都市立芸術大学音楽学部ピアノ専攻卒業後、同大学大学院音楽研究科修士課程、博士後期課程を修了。博士(音楽学)。2009~13年フランス政府給費留学生及びロームミュージックファンデーション奨学生としてトゥール大学大学院博士課程・トゥール地方音楽院古楽科第3課程に留学。2017年4月より京都コンサートホールに勤務し、現在 京都コンサートホールプロデューサーおよび事業企画課長。


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