京都市立芸術大学の新キャンパス移転と文化庁の京都移転を記念した一大クラシック音楽イベント「Kyoto Music Caravan 2023」。京都コンサートホールと京都市立芸術大学(以下「京都芸大」)、京都市、そして京都市交通局の4者共同主催のもと、開催しています。
4月29日の仁和寺でのコンサートを皮切りに、京都市11行政区それぞれの名所や観光地で無料コンサートを開催しており、多くのお客様にご来場いただいています。
10月1日に新キャンパスオープンを控える京都市立芸術大学。春・夏とさまざまな場所でコンサートを開催した「Kyoto Music Caravan 2023」も、いよいよ秋のシーズンに突入します。大学・イベント共にターニングポイントを迎える今、京都市立芸術大学副学長の大嶋義実教授と、Kyoto Music Caravan 2023のディレクターであり同大学出身者でもある京都コンサートホールプロデューサーの高野裕子による対談を実施しました。
前半・後半の2回にわたり、お届けします。
(聞き手:京都コンサートホール 中田 寿)
――今春からスタートした「Kyoto Music Caravan 2023」ですが、これまでに5回開催しました。いずれもたくさんのお客様にご来場いただき、おかげさまで好評をいただいております。
このイベントは、京都市立芸術大学の新キャンパス移転を記念して企画したものですが、大嶋さんも高野さんも、京都芸大のご出身でいらっしゃいますね。
大嶋氏(以下、敬称略):はい、そうです。私は京都芸大の岡崎キャンパスと沓掛キャンパスの両方を経験しています。大学4年の時に岡崎から沓掛に引っ越ししたので、開校したばかりのまっさらなキャンパスで学び、沓掛キャンパスの第一号の卒業生となりました。その後、教員として芸大に戻ってきましたが、今年度で退職を迎えますので、崇仁地区に移転する新キャンパス第一号の「退職教員」になります。つまり、学生としても教員としても、大学の大きな引っ越しを経験するわけです。誰もができる経験ではないですよね。
高野:考えてみれば、大嶋先生は本当に長いあいだ京都芸大に関わっていらっしゃいますよね。
大嶋:そうですね。18歳の時に入学し、今年で65歳になるので、京都芸大との関係は47年になりますね。もちろんその間、京都芸大にずっといたわけではないのですが、どこにいても「京都芸大の卒業生だ」という気持ちは持ち続けていました。
高野:大嶋先生は京都芸大卒業後、プラハ放送交響楽団や群馬交響楽団でフルート奏者としてご活躍されていましたが、教員の道に進まれたきっかけはありましたか?
大嶋:「教員として京都芸大に戻って来ないか」とお声がけをいただいたことがきっかけです。その頃、私は色々な活動をしていたので、オーケストラプレイヤーをやめることに葛藤もありましたが、やはり自分が育った「母校」で教えるということに対して、「縁」や「使命」などを感じていました。
高野:実は大嶋先生は京都のご出身ではないのですよね。
大嶋:そう、大阪の河内の方ですね。
高野:18歳の頃に京都に引っ越して来られて、それからずっと「京都愛」をお持ちでいらっしゃったのですね。
ところで大嶋先生は、岡崎キャンパスも沓掛キャンパスもご存知でいらっしゃいますが、キャンパスの引っ越しにまつわる思い出はありますか?
大嶋:新しいキャンパスは本当に綺麗で美しく、新品の校舎で学べることがとっても嬉しかったです。最初は土足厳禁で、小中学校みたいに上履きに履き替えて勉強していたんです。
ですから今回の引っ越しでも、学生のみなさんは卒業後も新キャンパスの眩しさを忘れないだろうと思います。
――高野さんは京都生まれ・京都育ち、そして京都芸大ご出身とのことですが、なぜ京都芸大に進学されたのですか。
高野:わたしはもともと京都市立音楽高校(現:京都堀川音楽高校)に通っていたのですが、進路先を考えた時にやはり、京都芸大は外せなかったです。日本屈指の芸術大学ですから。わたしだけではなく、当時音楽高校に通っていた生徒たちにとって、京都芸大は憧れの大学だったのです。
――現在、京都堀川音楽高校(以下「堀音」)は二条城前にありますが、その前は京都芸大の隣、沓掛にキャンパスがあったのですよね。
高野:そうです。すぐ隣に京都芸大があったので、高校の時から隣の芸大生がどのようなキャンパスライフを送っているのか、垣間見ているような感じでした。堀音生は、京都芸大の体育館やグラウンドを使って体育の授業をしたり、京都芸大の食堂でお昼ごはんを食べたりしていたのです。
あの頃のわたしは、芸大生を「とても伸び伸びと、芸術活動に日々勤しんでいる自由人」というような印象で見ていましたね。入学してみて、実際にその印象は間違っていなかったということが分かりました(笑)。
――それでは今回の「Kyoto Music Caravan 2023」に話を移します。本企画が生まれた経緯について教えてください。
高野:2023年は「文化庁の京都移転」・「京都市立芸術大学の新キャンパス移転」の2大イベントがあるということで、京都で文化芸術に携わる者として、この2つの事柄を見逃すことはできませんでした。日本の文化の基盤である文化庁が京都に移り、未来の芸術家の卵が通う京都芸大が京都の中心地に移ってくるわけですからね。おそらく今後の京都にとって、今年は重要な意味を持つ一年になるでしょう。ですから、企画者として、こういった視点から京都全体がクラシック音楽で盛り上がるようなイベントを開催したかったのです。
また、わたし自身、京都芸大の出身者であるということも「Kyoto Music Caravan 2023」を企画する際に外せないポイントでした。プロデューサー自身の個人的な事情を企画内容に反映させることは本当はよくないことかもしれませんが、母校愛があったからこそ、アイディアには困りませんでした。もちろん新キャンパスへの期待感もありましたが、わたしが長年通った沓掛キャンパスに対する感謝の気持ちや思い出も企画内容に反映させたつもりです。
大嶋:こんなに充実した内容のイベントを開催できることは、我々京都芸大の関係者にとっても本当にありがたいことです。高野さんが京都芸大を愛してくれているからこそ、できたのではないかと感じます。
高野:「Kyoto Music Caravan 2023」では計12回のコンサートを開催するのですが、すべてのコンサートで、京都芸大にゆかりのある方々にご出演いただきます。在学生をはじめ、卒業した方々にもたくさんご協力いただけたことは、わたしにとってとても嬉しいことでした。
大嶋:大学を卒業してすぐに音楽家として就職するケースはまれではないでしょうか。むしろフリーランスとして活動する卒業生の方が多いわけですから、彼らに活躍の場を提供することも、文化行政や公共ホールの大きな使命ではないかと考えています。
高野:本当にその通りだと思います。わたしたち公共ホールにとって、世界的アーティストや有名オーケストラによるコンサートを作ることも大事なのですが、同じくらい大切だと思っていることが、日本の、とりわけ地元の音楽家の活躍の場を広げるということです。
大嶋:地元の文化力の高さって、実は地元の音楽家がその土地でどれほど活躍できているか、つまり、地元がどれくらい文化的な厚みを持っているかだと思っています。それを行政がどうやって支えていくかをこれから考えていかないと、本当の意味での「文化芸術都市」は実現できないのではないかと思っています。「Kyoto Music Caravan 2023」は、その第一歩ともいえるようなイベントですよね。
高野:たった一回のコンサートで何が変わるのかと思われるかもしれませんが、例えば「Kyoto Music Caravan 2023」に出演している若いアーティストの演奏を聴いて、一人でもたくさんのお客さまが「こんなに素敵な音楽家が京都にはいるんだね」、「これからも応援していきたいな」と思ってくださると嬉しいです。
大嶋:「京都芸大という大学はこういう人たちを育てている」、「京都芸大からこんなに素敵な人たちが出てきている」と思ってもらうのが本当に大事ですよね。
高野:京都市にある、京都コンサートホールにしかできない仕事が必ずあると信じていますので、今回で終わりではなく、今後も継続的に京都の音楽家の皆さんを紹介していくことができればいいなと思っています。
大嶋:世界的に有名な音楽家や国際的に活躍している音楽家の多くは、実はたまたま音楽ジャーナリズムに乗って名前が広く知られるようになった、というケースがたくさんあると思うのです。例えば私と縁の深いウィーンやプラハでは、有名でなくても実力のある音楽家は山のようにいるんです。一般的には知られていないけれども、音楽を聴いてみると凄いレベルの音楽家たちがわんさかいます。
そういう音楽家たちが街にいることによって、ウィーンもプラハも文化的な厚みを持っているのです。京都もそういう街を目指すべきだといつも思っています。それが目に見える形になったのが、今回の「Kyoto Music Caravan 2023」だと思っています。
高野:わたしは最近、日本のクラシック音楽界の動向に危機感を抱くようになりました。さきほど大嶋先生がおっしゃった、いわゆる「音楽ジャーナリズム」の波に幸運にも乗ることができた音楽家は「売れる」けれども、そうではない音楽家の活躍の場がこれからどんどん減ってきてしまうのではないかと危惧しているのです。
わたしは音楽高校・芸術大学を出て、周囲に素晴らしい音楽家がたくさんいる環境に生きてきました。いまわたしは幸せなことに、聴衆の皆さんにそのような方々を紹介できる立場にあるわけですから、どんどん実行に移していきたいです。「有名ではないけれど、素晴らしい音楽家はたくさんいる」ということを皆さんに知らせたいですし、「この素晴らしい音楽家たちを、京都に住むわたしたちが全国・世界に向けて発信していく」くらいの心意気でコンサートを企画したいです。そういったわたしたちの活動を、お客さまも一緒になって応援してくださると嬉しいです。
大嶋:地道ですが、非常に重要で必要な活動だと思います。
高野:そのために、わたしは普段からなるべくたくさんの方々の演奏を聴いて、いま地元でどのような音楽家が活動しているかということを積極的に知ろうとしています。骨の折れるプロセスではありますが、それが京都コンサートホールのプロデューサーとしての仕事だと思っています。「京都コンサートホールが紹介するアーティストだったら間違いない」とお客さまに思っていただけることが目標です。
大嶋:あと大事なことは、一般の方々に対して文化芸術を享受する機会を増やすことです。今回の「Kyoto Music Caravan 2023」もそれに貢献していますよね。
高野:普段、ホールにお越しくださる方にとっては「クラシック音楽」って身近な存在だと思うのですが、ホールがどこにあるかも知らないお客さまも中にはいらっしゃいますよね。「Kyoto Music Caravan 2023」はホールの外に出て生演奏を届けるので、どなたでも気軽にクラシック音楽を体験していただける機会になっていると思います。このイベントを通じて、ホールの存在を知らなかったお客さまが「京都コンサートホール」をあらためて知ってくださる、そんな機会にもなれば最高ですね。
――ところで、「Kyoto Music Caravan 2023」の各会場はどのように選んだのですか。
高野:文化庁がやってくる「京都」という街が、いかに素敵な土地かということを「Kyoto Music Caravan 2023」で表現できたらいいなと考えました。ですので、市内11行政区の各区を代表するような場所を選んだのです。
とはいえ、演奏会をするわけですから、その場所で演奏できるかどうかということも大事なポイントでした。つまり、響きがよいかどうか、です。
大嶋:特にクラシック音楽のコンサートでは、マイクなどのPA機材を使いたくないという人がたくさんいますからね。私もできれば残響の少ない野外でのコンサートは避けたいです。
高野:そうですよね。雨が降った場合など、あらゆる想定のもと会場を選びましたが、やはり一番大切にしたことは「演奏家の立場にたって考える」ことでした。
各会場はもちろんクラシック音楽専用の会場ではありませんので、それぞれに難点はありますが、それをカバーするような楽器編成であったりプログラムであったりと工夫を凝らしました。
大嶋:それにしても、お寺や酒蔵、町家など、本当に多彩な会場が出揃いましたね。記者会見の時にも言いましたが、私は常々、「宗教と芸術とお酒があれば、人間は幸せになれる」と思っているんです。「Kyoto Music Caravan 2023」では、神社仏閣をはじめ、酒蔵でもある月桂冠大倉記念館でもコンサートを開催しましたよね。まさに「宗教(神社仏閣)、芸術(音楽)、お酒(月桂冠大倉記念館)」ですよね。
コンサートホール以外のさまざまな場所でコンサートをするって、ヨーロッパではわりと普通のことなんです。例えば私の話でいえば、プラハでは教会で演奏会をやりましたし、イタリアではワインのシャトー(醸造所)で演奏会をしました。街の色々な場所でコンサートが開催されているので、住んでいる人たちは幸せだし、街全体が元気になりますよね。京都も「Kyoto Music Caravan 2023」でもっと元気になると良いですね。
――「Kyoto Music Caravan 2023」は、“まちじゅうをクラシック音楽で満たしたい”というコンセプトがありますが、先生がおっしゃるように、このイベントをきっかけに京都がもっとにぎやかになるといいなと思います。
高野:「にぎやか」といえば、今回は主催に京都市交通局も入っているということで、地下鉄の構内や市バスの中にたくさん「Kyoto Music Caravan 2023」のポスターを貼っていただいており、見かけるたびに「にぎやかで良いなぁ」と思っています。
大嶋:今回の企画は、官民挙げての企画になりましたよね。
――文化庁や京都芸大の移転もポスターなどが貼られていましたので、「文化庁移転も京都芸大も移転するな、そしてこういうイベントもやるんだ」という風に繋がって、京都が盛り上がっていることが少しでも伝わればいいなと思います。
大嶋:そうですね!
高野:京都芸大の移転もいよいよ迫ってきましたね。
大嶋:このあいだ新校舎を視察しましたが、なかなか面白い造りになっていますよ。とても綺麗な校舎です。
高野:楽しみです!次回の対談はぜひ新校舎でさせてください。
大嶋:はい、お待ちしております。
――「Kyoto Music Caravan 2023」の締めくくりであり、京都芸大新キャンパスで開催する「スペシャルコンサート」などのお話は次回の対談時にお伺いします。本日はありがとうございました!
大嶋 義実(おおしま・よしみ)
京都芸大卒業後、ウィーン国立音大を最優秀で卒業。プラハ放送響首席奏者、群響第一奏者を歴任。現在京都芸大副学長・理事、同大音楽学部・研究科教授を兼任している。
日本音コンをはじめとする内外のコンクールに入賞入選。ソリストとして国内はもとよりヨーロッパ各地、アジア諸都市で毎年公演を行なうほか、プラハ響、群響、京響をはじめ数多くのオーケストラと協演。多数のCD他、著書に《音楽力が高まる17の「なに?」》《演奏家が語る音楽の哲学》がある。
高野 裕子(たかの・ゆうこ)
京都市出身。京都市立音楽高等学校(現 京都市立京都堀川音楽高等学校)、京都市立芸術大学音楽学部ピアノ専攻卒業後、同大学大学院音楽研究科修士課程、博士後期課程を修了。博士(音楽学)。2009~13年フランス政府給費留学生及びロームミュージックファンデーション奨学生としてトゥール大学大学院博士課程・トゥール地方音楽院古楽科第3課程に留学。2017年4月より京都コンサートホールに勤務し、現在 京都コンサートホールプロデューサーおよび事業企画課長。
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