「音楽家の枠を越えたリヒャルト・ワーグナー」音楽学者 岡田暁生 特別インタビュー【後半】(2023.11.18 京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト Vol.4『ニーベルングの指環』より(ハイライト・沼尻編))

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京都コンサートホール

2023年、リヒャルト・ワーグナー(1813-1883)が生誕210年・没後140年を迎えます。「京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト Vol.4」公演では、日本のワーグナー演奏の第一人者ともいうべきマエストロ沼尻竜典を指揮に迎え、京都市交響楽団と共に特別なオール・ワーグナー・プログラムをお届けします。

コンサートをより楽しんでいただくため、8月から3回にわたり開催している「ワーグナーを知るためのプレ・レクチャー」。講師は、ご自身もワーグナー(音楽)のファンであり、沼尻マエストロとも親交のある、岡田暁生さんです。
そんな岡田さんにインタビューを行い、前半記事ではワーグナーにまつわるお話を伺いました。後半記事では、沼尻竜典さんやプログラムに関するお話をお送りします。

(聞き手:京都コンサートホールプロデューサー 高野 裕子)


高野:リヒャルト・ワーグナーのお話の次は、指揮者の沼尻竜典さんに関するお話を伺います。沼尻さんの指揮者としての最大の魅力はどこにあるとお考えですか。

岡田暁生氏(以下、敬称略):オーケストラを自在に操る制御能力でしょう。沼尻さんは桐朋学園大学のご出身で、最初は三善晃先生のもと作曲を学ばれたのですよね。ですから単にスコアを正確に再現するというだけではなく、作品を内側から創造するような指揮をされると思います。

高野:先日、京都市交響楽団の第680回定期演奏会(2023年7月15日)で指揮をなさった「サロメ」を拝聴しましたが、京響との相性も最高でした。

岡田:とても素晴らしかったと思います。最近は、オーケストラの制御能力に加えて、声楽的な表現を自由自在に操れるようになっていらっしゃいます。日本の指揮者は、ピアノ2台で指揮の勉強をするので、どうしても器楽的な表現になってしまうのですよね。しかし沼尻さんは、あれだけオペラを振ってこられていますから、オーケストラを振る時であっても声楽的なしなやかさを持ちながら、奏者の呼吸を読んで指揮なさっています。

高野:確かに、沼尻さんの指揮姿を拝見していても、息苦しさといったものを一切感じません。

岡田:そうですね。

高野:今年の3月、沼尻さんは16年間務めたびわ湖ホールの芸術監督を退任なさいました。在任中、びわ湖ホールでさまざまなオペラを演奏されましたが、特筆すべきは、バイロイト音楽祭で上演されるワーグナーの10作品全て(W10)を上演なさったことです。
一人の指揮者が一つの劇場でW10すべてを完遂したのは、沼尻さん&びわ湖ホールが国内初だそうで、本当に凄いことを成し遂げられたのだなと思います。

岡田:ワーグナーのオペラは本場ドイツでも人気ですが、そうそう簡単に上演できる作品ではないですからね。難しいし、規模が大きい。特に『ニーベルングの指環』は編成がとてつもなく大きいです。《マイスタージンガー》を上演しようとすると、合唱も必要ですし。また、『ニーベルングの指環』や《マイスタージンガー》、《パルジファル》といった作品は特別なものなので、普段から気軽に上演するものではないのです。このように、本場ドイツでもなかなか上演できない作品を、沼尻さんとびわ湖ホールは毎年聴かせてくれました。しかも、非常に高い水準で演奏してくださったのです。これは、素晴らしいことです。

高野:沼尻さんと共に演奏した京都市交響楽団の功績も大きいですよね。

岡田:本当に素晴らしかった。ドイツのオペラ劇場のオーケストラよりはるかに水準が高いと思うこともしばしばでした。オペラのオーケストラに必要なのは、シンフォニー・オーケストラのような正確さとは少し違います。むしろドラマの流れを作り出し、歌手を引き立て、最後にクライマックスをもってくるという、黒子の役割です。京響はそういった要望にも応えながら、シンフォニーオーケストラとしての器楽的コントロールの確かさ、響きの重厚さといったものをみせてくれました。また、京響はワーグナー作品のように長大なオペラであっても手を抜くことなく、最初から最後まで高いレベルで演奏します。本場ドイツでも、京響ほど素晴らしいオーケストラを聴ける機会はあまりないですよ。

高野:京響をこんなに褒めてくださり、わたしまで嬉しくなりました。ありがとうございます。ところで沼尻さんは、日本の若手歌手の演奏をできる限り普段からたくさん聴くようにしていると仰っていました。

沼尻竜典氏 ©RYOICHI ARATANI

岡田:沼尻さんは、原則として日本人を中心にキャスティングなさっていました。これも偉業と言って良いでしょう。バリトン歌手の青山貴さんを抜擢なさったのも沼尻さんです。沼尻さんは、一つのオペラを上演するために、ダブルキャストとカバー歌手、合計3名の歌手を準備なさっていました。3人の歌手を相手にオペラを準備するということは、指揮者にとって非常に大変なことです。これは、後々の世代に対しても(経験を積んだ歌手をたくさん育てるという意味で)絶大な遺産になっていると思います。

高野:さて、今回の「京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト Vol.4」では、沼尻さんがすべて選曲してくださいました。オール・ワーグナー・プログラムで、前半は《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の前奏曲、《トリスタンとイゾルデ》から2曲、そして後半は「ハイライト・沼尻編」として『ニーベルングの指環』を約1時間に凝縮してお届けする予定です。びわ湖ホールのオペラで沼尻さんとご一緒されていた、ソプラノ歌手のステファニー・ミュターさんとバリトン歌手の青山貴さんもご出演くださいます。

岡田:ワーグナーが作曲家として一番成熟していた頃の作品ばかりです。沼尻さんは、ワーグナーが先人の影響から完全に脱却して、力が最もみなぎっていた時代に書いたものを意識して選ばれたのでしょうね。

高野:沼尻さんのワーグナー演奏については、どのように感じていらっしゃいますか。

岡田:ワーグナーと言えば「ドイツ的で重厚」みたいな通念がありますが、そういうステレオタイプから解放された、とても自由に呼吸が出来るワーグナーですね。ワーグナーが20世紀モダニズムに大きな影響を与えたことはいうまでもありませんが、例えばドビュッシーやラヴェル、あるいはリヒャルト・シュトラウスやマーラーの側から光を当てたワーグナー、という印象を持ちます。沼尻さんがこうしたレパートリーを得意中の得意にしておられることはいうまでもありません。いわば十九世紀の分厚いコレステロールをそぎ落としたワーグナーですね。

高野:さまざまな時代の音楽を多角的に咀嚼してこられたからこそ、できる技なのでしょうね。ますます、11月18日のコンサートが楽しみになってきました。
今回は色々なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。


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京都コンサートホール×京都市交響楽団 プロジェクト Vol. 4
ワーグナー生誕210年×没後140年
「『ニーベルングの指環』より(ハイライト・沼尻編)」
2023年11月18日(土)14時30分開演(13時45分開場)
京都コンサートホール  大ホール
<オール・ワーグナー・プログラム>
《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より  第1幕への前奏曲
《トリスタンとイゾルデ》より 〈前奏曲〉〈愛の死〉
『ニーベルングの指環』より(ハイライト・沼尻編)
[指揮]沼尻竜典
[ソプラノ]ステファニー・ミュター [バリトン]青山 貴
[演奏]京都市交響楽団

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