19世紀に活躍したベルギー出身の音楽家セザール・フランク。
京都コンサートホールでは、フランクの生誕200周年を記念して、特別公演「神に愛された作曲家 セザール・フランク」を開催いたします(10月22日)。
本公演では、フランクがピアノと室内楽のために遺した傑作の数々をお届けします。
ホールについては、前回の演奏会の際に折角憧れの磯崎新建築の中に居ながらコンサートに集中していたので建物にあまり注意を払うことが出来ていなかったのですが、今回は前日からホールでのリハーサルがあり、建築としても鑑賞する時間も取れそうなので楽しみにしています。
弓さん:2020年3月から北西ドイツ・フィルハーモニー(Nordwestdeutsche Philharmonie)でコンサートマスターを務めています。オーケストラの他にソロやリサイタル、室内楽のコンサートをしています。
――次に今回の演奏会についてお聞きします。本演奏会では、今年生誕200周年を迎えるセザール・フランクを取り上げます。弓さんにとってフランクとはどのような作曲家でしょうか。
弓さん:フランクの作品は、子供の頃にソナタや一部のオルガン作品に出会い、非常に感銘を受けたのを覚えていますが、次第にこれといった飛び抜けた個性が感じられなくなり、遠ざかってしまっていました。これは恐らく当時の自分の耳にフランクの独創性を聴き分けて、楽しむだけの経験がなかったというのもありますが、フランクの決してやりすぎない、バランスの取れた音楽的な性格と形式美を重視する姿勢が退屈に感じられたとも言えると思います。
今回このコンサートで演奏する機会をいただいた事で、改めてフランクの生涯や作品をもう少し全体的に知りました。これまで目を向けてこなかったような作品、例えば管弦楽のための「プシケー」や後期のオルガンの為の「3つの小品」(1878年)など、フランクの後期作品にある、あくまでバランス感覚は保持されつつもフランクなりの、言ってみればエロスと言うか、精神の危機、心の揺れ動きのようなものに気がつく事ができました。
――本公演で演奏いただく《ヴァイオリン・ソナタ》と《ピアノ五重奏曲》については、どうでしょうか。作品の魅力や聴きどころを教えていただけますか。
弓さん:《ヴァイオリン・ソナタ》に関してはもう語り尽くされていると言ってもよいほど、この作品はポピュラーですが、今回この作品と(弦楽四重奏ではなく)《ピアノ五重奏曲》が一回のコンサートで演奏されるのは、フランクの生涯を知った後ではとても興味深いです。
と言うのも、この二つの作品はどちらもフランクがワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を聴いて以降の作品であり、また、まさに“トリスタン”におけるテーマである、愛と愛に関連するポジティヴな面とネガティヴな面、至福、苦しみ、障害、ドラマ、救済、喜び…という共通項がそれぞれの作品で対照的に表現されているように思えるからです。
《ヴァイオリン・ソナタ》はウジェーヌ・イザイの結婚祝いに書かれ、その目的に相応しく祝福するような、明るい性格が作品を通してみられるのに対して、《ピアノ五重奏曲》の方はその調性(へ短調)や、半音階や動機の扱い方から、暗く強迫観念的なものを感じます。
実はフランクがこの五重奏曲を書いた当時、歳の離れた弟子のオーギュスタ・オルメスという熱烈なワグネリアン、かつ歌手だった女性と恋仲になっていたらしいのですが、この女性は当時の様々な文化人男性から求愛されていたらしく、あのサン=サーンスも二回求婚して断られているそうです。この作品を献呈され初演もしたサン=サーンスが、演奏後舞台上に楽譜を置いていったというエピソードの理由は推して測るべし、という事ですね。もちろん敬虔なキリスト信者のフランクの事ですから、妻帯者である自身のモラルとワーグナー的な愛との間で葛藤を抱え、随分のたうち回ったのだろうかと、そんな考えをこの五重奏のうねるような半音階を聴き続けていると持ってしまいます。
今回のコンサートの副題は “神に愛された作曲家セザール・フランク”ですが、個人的には人間フランクのアンビバレントで複雑な内面性をこの二作品から感じ取っていただけるのではないか、と考えています。
――次に今回の共演者についてお伺いします。今回、フランスを代表するピアニスト エリック・ル・サージュさんと共演いただきますが、楽しみにされていることを教えてください。
弓さん:実はル・サージュさんとエベーヌ・カルテットのフォーレの《ピアノ五重奏曲》の録音がお気に入りなのです。ですので、今回このような形でフランクの最も素晴らしい室内楽作品を一緒に演奏できるのは大変嬉しいことです!
――《ピアノ五重奏曲》では、弓さんにとって旧知の弦楽器奏者の皆さんとの共演になりますが、共演される藤江さん・横島さん・上村さんについてそれぞれご紹介いただけますか。
弓さん:藤江さんは今回共演するカルテットメンバーの中で唯一、パリ国立高等音楽院で学ばれた方で、現在はトゥールーズ・キャピトル管でコンサートマスターを務めていらっしゃいます。ル・サージュさんもパリ音楽院の出身ですから、お二人からはフランスの側から見たフランクのスコアの読み方を教えていただけるのではないかと期待しています。
横島くんとはスズキ・メソッドから私が桐朋高校の音楽科を中退してチューリヒへ留学するまでの同期で、桐朋の音楽教室にいた頃から、作曲家であるお父上の分厚い作曲理論の本を読んだり、聴いたこともない曲について話しているような人で、尊敬している友人の一人です。彼とは、高校の時にモーツァルトのニ短調のカルテットを一緒に弾いているので(その時も彼はヴィオラを弾いていました)、13年振り(!)に共演することになります。
上村さんは桐朋時代の一学年上の先輩で、その後バーゼルに留学されました。私がチューリヒに留学していた頃とは時期が重なっていないのでスイスでお会いしたことは無いのですが、モダンチェロと古楽両方で充実した活動をしていらっしゃる方です。共演するのをとても楽しみにしています。
こうしてみると、ドイツ、フランス、スイス、日本と、異なる音楽的バックグラウンドを持った音楽家が京都に集まり、フランクというドイツ的なフランスのベルギー人音楽家の作品を演奏するというのは、なかなか素敵な偶然ですね!
――それでは最後に、お客様へのメッセージをお願いいたします。
弓さん:秋の京都で、皆様と一緒にフランクの室内楽の世界を探求できるのを心から楽しみにしています!是非コンサートでお会いしましょう!
――お忙しい中ご協力いただきまして、誠にありがとうございました!公演を大変楽しみにしております!
(2022年8月 事業企画課 メール・インタビュー)
★出演者インタビュー
・ピアニスト エリック・ル・サージュ氏 特別インタビュー
・横島礼理さん(ヴィオラ)&上村文乃さん(チェロ)インタビュー
・ヴァイオリン奏者 藤江扶紀さん インタビュー