オルガニストが語るミシェル・ブヴァールの魅力——川越聡子さん インタビュー(2022.11.3オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.70)

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インタビュー

京都コンサートホールの国内最大級のパイプオルガンを堪能できる人気シリーズ「オムロン パイプオルガン コンサートシリーズ」。記念すべき70回目は、フランスを代表するオルガニスト、ミシェル・ブヴァール氏が京都コンサートホールに初登場します。

世界中で演奏活動を行うとともに、パリ国立高等音楽院とトゥールーズ地方国立音楽院で教授として後進の指導にも力を入れてきたブヴァール氏。彼の指導を受けたオルガニストたちは現在、世界中で活躍しています。その一人であり、東京芸術劇場の副オルガニストとしてご活躍中の川越聡子さんに、ブヴァール氏についてさまざまなお話を伺いました。ぜひ最後までご覧ください。


【1】川越さんとブヴァール氏の出会い、そしてオルガンの街「トゥールーズ」

――川越さんは、フランスでミシェル・ブヴァール氏に師事された後、国内外で演奏活動を行われています。ブヴァール氏との出会いについて教えていただけますでしょうか。

川越聡子さん(以下敬称略):(東京藝術大学)大学院で師事したオルガニストの早島万紀子先生にご紹介いただいたのがきっかけです。
早島先生はミシェル・ブヴァール先生と同じアンドレ・イゾワール先生の門下生で、ブヴァール先生とは旧知の仲です。早島先生に進路について相談した際、フランスでオルガンを学ぶなら、歴史的なオルガンがたくさん残っているトゥールーズで、ブヴァール先生と一緒にゆっくり勉強するのがいいのではないか、とお勧めいただきました。ただ当時は、ブヴァール先生はあまり来日の機会がなく、CDも日本では少ししか出回っていなかったので、紹介されるまで私はブヴァール先生のことを存じ上げませんでした。

――今だとインターネットで録音が聴けますが、当時は今ほど情報がなかったのですね。

川越:CDを手に入れることはできましたが、どういう指導をなさるかわからなかったので、留学前にレッスンを受けにトゥールーズに伺いました。初めてのレッスンはとても緊張しましたが、素晴らしい経験で一生忘れられない思い出です。後からブヴァール先生に聞きましたが、私は早島先生と顔が似ているらしく、初めて会った時「若い頃の万紀子が来た!」ととても驚いたそうです。
そして同年9⽉に「トゥールーズ地⽅国立⾳楽院」の高等課程(CESMD)に⼊学しました。

写真左から早島先生、川越さん、ブヴァール氏、ブヴァール・康子さん(ブヴァール氏の奥様)

――そうだったのですね。ブヴァール氏はパリとトゥールーズの両方で教えていらっしゃいましたよね?(いずれも2021年で定年退職)

川越:はい、パリでも先生に習うことができましたが、トゥールーズの方がいい意味で“のどか”だったのと、街中にあるオルガンで練習させてもらえることが魅力で、トゥールーズを選びました。

ブヴァール先生がオルガニストを務める、サン・セルナン・バジリカ大聖堂(以下「サン・セルナン大聖堂」)の楽器で練習もできるだけでなく、レッスンも受けられました。また、もう一人のオルガンの先生であるヴィレム・ヤンセン先生のレッスンでは、残響時間が10秒以上ある美術館(元は修道院)で、北ドイツの名匠ユルゲン・アーレント製のオルガンを弾くことができました。

楽器環境も先生も素晴らしく、フランス音楽だけでなくバッハも学べる環境にあったので、トゥールーズを選んで本当によかったと思います。

――トゥールーズがそこまで魅力的な「オルガンの街」だとは知りませんでした。

川越:トゥールーズは、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路に入っていたことから、古くから栄え、教会と共にオルガンがたくさん建てられたそうです。そのため「街を歩けばオルガンにあたる」と言われるほど街中にオルガンがあり、「オルガンの都」とも言われています。また、毎年10月には国際オルガン・フェスティバルが開催されているんですよ。

――そんなにたくさんオルガンがあるのですか!

川越:1700年代に作られた歴史的なフランス古典(*1)の楽器も残っていますし、サン・セルナン大聖堂のような19世紀ロマン派の楽器は数えきれないほどあります。また先ほどお話したオーギュスタン美術館の17・18世紀の北ドイツ型の素晴らしい楽器、そしてイタリアやスペインの楽器もありますね。

(*1)フランス古典:フランス革命(1789年)までの時代を指します。

――すごいですね。ブヴァール氏がトゥールーズでのオルガン教育やオルガン・フェスティバルに力を入れていらっしゃる理由が分かったような気がします。

川越さん留学中のお写真。真ん中は、現在 サン・セバスチャンの「サンタ・マリア・デル・コール教会」のオルガニストであるアリセ・メンディサバル(Alize Mendizabal)さん

【2】名教師、名オルガニスト、そしてフランス・オルガン界の伝道師

――さて話が変わりますが、ブヴァール氏はどのような指導者だと思いますか?

川越:ブヴァール先生は、オルガン演奏や楽曲の捉え方についての極意を、外国⼈や若い学生にもわかりやすく短い⾔葉で伝える名人です。先生がスペインでマスタークラスをされた際、簡潔なフランス語で説明することで、現地のスペイン⼈たちは通訳無しにほとんど理解していました。そんな事から、国際的に活躍している先⽣のもとには、世界中から⽣徒が集まります。そしてレッスンの中では実際に弾いてくださることで、言葉以上に音楽を伝えてくださいます。

――たしかに日本でもよくマスタークラスやレクチャーをなさっている印象があります。ところでブヴァール氏は、トゥールーズのサン・セルナン大聖堂で長くオルガニストを務めていらっしゃいますよね。

川越:そうですね、ブヴァール先生の演奏はサン・セルナン大聖堂のオルガンなしには語れないと思います。
オルガニストは、だいたい演奏を聴くと普段弾いている楽器の系統がわかります。例えばバロック時代の楽器やロマン派時代の楽器などです。先生の演奏を聴いていると、たとえ日本で弾いていてもサン・セルナン⼤聖堂のオルガンが⽣み出す豊かな音色と息遣いが聞こえてくるから不思議です。

――サン・セルナン大聖堂には、フランスの巨匠オルガンビルダーであるカヴァイエ=コル(1811-1899)による楽器が入っていますよね。どのようなオルガンですか?

川越:カヴァイエ=コルは⽣涯50年ほどにわたりオルガンを作っていたので、製作の年代によってキャラ クターが異なりますが、サン・セルナン⼤聖堂の楽器は男性的でパワフル、Tutti(最も音量のある音色)は世界一の美しさだと思います。その振動と響きは、私は何度弾いても涙が出ますし、目を閉じて聞いていると、オーケストラが目の前にいるような錯覚を覚えます。

実際にブヴァール先生はオルガンをオーケストラに見立てて、指揮しながら演奏なさいます。私たち弟子にも「オルガニストは指揮者である」といつもおっしゃっています。片手が開いている時はたいてい手が動いていますので、今回のリサイタルでもひょっとするとその様子をご覧いただけるかもしれません。

サン・セルナン・バジリカ大聖堂のカヴァイエ=コルのパイプオルガン サン・セルナン・バジリカ大聖堂のパイプオルガン演奏台での川越さん

――そうなのですね!ちなみに今回の公演で演奏してくださるフランクは、カヴァイエ=コルと密接な関係であったと伝えられていますが、ほかのフランスの作曲家たちもカヴァイエ=コルのオルガンを弾いていたのでしょうか。

川越:そうですね、フランクの弟子であるルイ・ヴィエルヌ(1870-1937)はパリのノートルダム大聖堂で弾いていましたし、20世紀フランスを代表する作曲家オリヴィエ・メシアン(1908-1992)もパリのトリニテ教会で長年弾いていました。二人の曲は今回の演奏会でも演奏されますね。

――ほかにブヴァール氏の師匠であるアンドレ・イゾワール氏(*2)編曲のバッハ作品もよく演奏されていますね。

川越:ブヴァール先生はフランス・オルガン音楽の伝道師として知られていますが、実はオールラウンダーなのです。北ドイツ・オルガン楽派(ブクステフーデやリューベックなど)の音楽もお好きで、ドイツ語も話せるんですよ。また、私の地元の所沢では、オール・バッハのリサイタルも行ったこともあります。

(*2)アンドレ・イゾワール(1935-2016):サン・ジェルマン・デ・プレ教会やサン・セヴラン教会などのオルガニストを歴任したフランスの巨匠オルガニスト。バッハのオルガン作品集やフランス・オルガン音楽など多くの録音を残し、世界中で高い評価を得ている。

――ブヴァール氏は、ヴェルサイユ宮殿の王室礼拝堂のオルガニストも務められていて、「フランス古典」と呼ばれる、クープランやマルシャンなどの17・18世紀のフランス音楽も得意にしていらっしゃいますよね。

川越:はい、今回のリサイタルで演奏されるマルシャンの作品ほか、クープランの『オルガン・ミサ(教区のためのミサ曲、修道院のためのミサ曲)』を全曲録音なさっています。
⽇本にあるフランス古典のスタイルで作られたオルガンに初めて座った時、帽⼦も脱がずにクープランの『修道院のためのミサ曲』をいきなりノンストップで弾き通した時には、本当に驚きました。パワフルでバイタリティーあふれる演奏は、本当に真似ができません。

――フランス古典については、もうひとりの師匠であるミシェル・シャピュイ氏(*3)から受け継がれたのでしょうか。

川越:そうですね、ブヴァール先生はフランスの2人の巨匠に師事されていますが、フランス古典は特にシャピュイ先生の影響が大きいと思います。もう一人の師匠のイゾワール先生は、私は残念ながら生前にお会いする事はできませんでしたが、彼の生き生きとした演奏と音楽精神はブヴァール先生にも引き継がれていますね。

(*3)ミシェル・シャピュイ(1930-2017):パリのノートルダム大聖堂やヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂などのオルガニストを歴任したフランスの巨匠オルガニスト。フランス古典やバロック音楽のスペシャリストとして知られている。

――オルガンはその音作りから演奏スタイルまで、師からの影響が特に色濃く出る楽器だそうですね。

川越:そうですね。2人の師匠からの影響は大きいと思います。

――ところで、ブヴァール氏が昨年11月に下見に来られた時、動画のために短い時間で音色(レジストレーション)を作りあげられたのには驚きました(動画は以下よりご覧いただけます)

川越:ブヴァール先⽣は、初めて弾く楽器がどんな特性を持ち、どんな音色が引き出せるかを短時間で見抜く達人だと思います。これは世界中を回り、数多くのオルガンを演奏した経験によって得られたものだと思いますが、パイプオルガンは一台として同じ物が無いので、楽器経験の豊富さはオルガニストにとって大きな武器と言えます。

【3】今回のコンサートについて

――さて川越さんは、当コンサートシリーズ Vol.55(2015年)にご出演いただき、シリーズ25年へのメッセージもご寄稿いただきました。京都コンサートホールのオルガンのこともご存じかと思いますが、ブヴァール氏と京都コンサートホールの組み合わせに期待されることはありますか?

川越:京都コンサートホールのオルガンは国内最大規模であり、オーケストラのように音色が豊富である点が特徴だと思います。フランスの響きを持ったストップ(音色)も豊富ですので、京都にいながらフランスの輝かしく優美でパワフルな響きを引き出してくださると確信しています。

また、今回は生誕200年を迎えたセザール・フランクを中心としてその前後を辿るという、先生のレパートリーのど真ん中のプログラムです。
冒頭のマルシャン《グラン・ディアローグ》は、ブヴァール先生がオルガニストを務めている「ヴェルサイユ宮殿」でルイ14世の前で当時弾かれたであろう、とても華やかな曲です。そして先生の祖父にあたるジャン・ブヴァールさんの作品もプログラムに入っていますね。おじいさまはヴィエルヌの弟⼦だったので、ブヴァール先生はヴィエルヌの孫弟子に当たり、まさにフランス・オルガン音楽の系譜と言えます。最後に弾かれるメシアンの作品もきっと素晴らしい響きがするでしょう。
私も今からとても楽しみです!

――色々とお話を聞かせてくださり、ありがとうございました!

(2022年6月 都内某所 事業企画課インタビュー)


川越 聡子(オルガン)

東京藝術大学音楽学部オルガン科卒業、同大学院音楽研究科修了。フランス国立トゥールーズ音楽院高等課程(CESMD)修了。オルガンを小林英之、廣野嗣雄、早島万紀子、ミシェル・ブヴァール、ヤン・ヴィレム・ヤンセンの各氏に師事。第2回アンドレア・アンティーコ・ダ・モントーナ国際オルガンコンクール第2位入賞。これまでにフランス、スペイン、ベルギー、オーストリアの演奏会に招聘され、2018年にはパリ・ノートルダム大聖堂のリサイタルに出演。ヨーロッパの歴史的楽器の豊富な演奏経験を活かした研究・指導を行うほか、特にフランスのオルガン音楽の魅力を伝える啓蒙活動を広く行っている。所沢市民文化センターミューズ初代ホール・オルガニスト。現在、東京芸術劇場副オルガニスト、洗足学園音楽大学及び東海大学教養学部芸術学科オルガン講師。(一社)日本オルガニスト協会、日本オルガン研究会会員。CD「芸劇オルガン」(King records,2019)。https://satoko-kawagoe.com


★公演詳細《オムロン パイプオルガン コンサートシリーズVol.70「世界のオルガニスト“ミシェル・ブヴァール”」》(11月3日)はこちら

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