ピアニスト ユリアンナ・アヴデーエワ 特別インタビュー(2024.03.09 The Real Chopin×18世紀オーケストラ 京都公演)

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京都コンサートホール

3月9日開催の「The Real Chopin × 18世紀オーケストラ 京都公演」では、モーツァルトの交響曲に加え、2つのショパン国際コンクール優勝者のソリスト2名による、ショパンのピアノ協奏曲全2曲などをお届けします。

《ピアノ協奏曲第1番》を演奏するユリアンナ・アヴデーエワ氏は、「第16回ショパン国際コンクール」の覇者で、モダンピアノとフォルテピアノの両方を演奏し、18世紀オーケストラとショパンのピアノ協奏曲全集の録音を行うなど、何度も共演を重ねています。

公演に向けて、アヴデーエワ氏へのインタビューを行いました。18世紀オーケストラについてのエピソードや、フォルテピアノで弾くショパンの魅力についてお話しくださいました。ぜひ最後までご覧ください!

©Sammy Hart ユリアンナ・アヴデーエワ

――ユリアンナさんは、これまで18世紀オーケストラと度々共演されていらっしゃいますが、オーケストラとの初共演された時のことを教えてください。

マエストロ ブリュッヘン率いる18世紀オーケストラとの出会いは、2012年の夏、ワルシャワで開催された音楽祭「ショパンと彼のヨーロッパ」でした。鮮明に思い出すこの出会いは、特別な出来事として私の中に刻まれ、これからも忘れることはないでしょう。

音楽祭とあわせて録音もされることとなり、ショパンのピアノ協奏曲第1番と第2番を演奏しました。そのリハーサルを、エドヴィン・ブンク氏が保有する素晴らしいエラールピアノとともに、ワルシャワのルトスワフスキスタジオで行いました。しばらく古楽器を弾いていなかった私は、歴史に残る名演奏をしてきたマエストロと18世紀オーケストラを前に、わくわくすると共に少し緊張していました。

ただ、リハーサルはとても楽しく和やかな雰囲気のなかで進められ、マエストロは音楽で、団員や私とコミュニケーションを図り、まるで音楽への情熱を各々と交わすかのようでした。彼が常に、楽譜から新しいことを見つけようとする姿勢に非常に驚かされたことを覚えています。2012年にこのような機会をいただけたことに大変感謝しています。

©The Fryderyk Chopin Institute ユリアンナ・アヴデーエワ(左)フランス・ブリュッヘン(右)

――18世紀オーケストラとの思い出で最も印象的なものを教えてください。

翌年(2013年)のマエストロ ブリュッヘンによる最後の日本ツアーで、18世紀オーケストラとご一緒できたことは本当にラッキーでした。その時のリハーサルや舞台裏、移動中など、メンバー間に流れる雰囲気は、まるで大きなひとつの家族のようでした。本番中も皆が常に温かく、お互いを支え合っており、私もメンバーからのサポートを強く感じながら演奏することができました。

またピアノはオーケストラの真ん中に客席側を向く形で配置されていたので、マエストロや聴衆と向き合いながら演奏しましたので、ブリュッヘンが音楽を作り上げる時に彼の目に宿る、類まれなる情熱を見ることができました。

2013年3月の日本で18世紀オーケストラと一緒に演奏した際の、最も印象深い思い出です。

©The Fryderyk Chopin Institute(ユリアンナ・アヴデーエワと18世紀オーケストラ)

――ブリュッヘンの最後の日本ツアーは、とてもすばらしい演奏だったと当時とても話題になりました。
次に、フォルテピアノについてお伺いします。まずは、フォルテピアノを最初に弾いた時の印象はどうでしたか?

古楽器との出会いは、スイスのチューリッヒ芸術大学で学んでいる時のことでした。副専攻として学ぶ楽器を必ず選ばなくてはならなかったのですが、鍵盤楽器以外は考えられませんでした。教授陣リストの中に、オーストリアのハープシコード奏者であり、フォルテピアノ奏者としても著名なヨハン・ゾンライトナー先生の名前を見つけ、彼の元で学ぶことにしました。

いつもモダンピアノを学んでいた私にとって、フォルテピアノは、「第2のピアノを」のようなものでしたが、その時の学びが発展して現在こうしてフォルテピアノを演奏しているのも、私の中に眠っていた古楽器への情熱を呼び覚ましてくださったゾンライトナー先生のお陰です。

バッハをはじめ、シューベルトやモーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、リスト、ブラームスの後期に至るまでの作曲家たちが実際耳にしていた音を学べる機会はなかなかありません。彼らはいま私たちが奏でている楽器(モダンピアノ)を使って作曲していませんからね。

古楽器という新しい世界への冒険はとても刺激的で、私自身を一層豊かにしてくれました。

――今回はショパンが愛したプレイエルのフォルテピアノ(1843年製)で弾いていただきますね。フォルテピアノを使ってショパンのピアノ協奏曲を弾く魅力を教えてください。

ショパンをフォルテピアノで弾くと、タイムマシーンに乗った感覚になります。ショパンが作曲した当時の音に包まれる経験は貴重です。ショパンが生きていた時代、ピアノは楽器として変革期にありました。協奏曲はショパンの初期の作品であり、ショパンがその後の人生で弾いていたピアノとは、また別の楽器のために作曲されたと言えます。

とてつもなく長く指示されたペダリング、特定のフレージングや強弱記号など、ショパンの記譜法に関する多くの疑問が、フォルテピアノを弾くことで答えへと導かれます。

一度フォルテピアノで弾いてみると、現代のピアノとは音の伸びや大きさがまるで異なるので、一気に多くの事柄が明確になります。フォルテピアノを弾いて得られる豊かな経験、新たな知識は全て、モダンピアノでも存分に生かされます。

©京都コンサートホール(当日演奏するフォルテピアノと共に)

――モダンピアノとフォルテピアノのそれぞれの楽器でショパンを弾くと、実際にどのような違いがありますか?

ショパンの音楽をモダンピアノで演奏するときと古楽器で演奏するときでは、それぞれにメリットとデメリットがあります。

なによりもまず、「音」の問題です。モダンピアノは音が強いですが、フォルテピアノのほうが豊かな倍音を持っています。モダンピアノでショパンを楽譜に書かれた通りに弾こうとすると、理解できない部分が多いのですが、フォルテピアノで演奏すると、その疑問が全て解消され、ペダルやアーティキュレーション、テンポに至るまで、モダンピアノの弾き方をどう変えるべきかがわかるようになります。

また、フォルテピアノを演奏する時、ホールのサイズも重要になってきます。なぜなら、モダンピアノに比べてフォルテピアノはそんなに音量が大きくないからです。対してモダンピアノでは、暖かな音をいかに持続させ、長いフレーズを生み出すのかの挑戦となります。古楽器で演奏する際は、テンポを揺らすことや、発音のタイミング、フレーズに細心の注意が必要となりますが、古楽器での演奏経験があれば、求める理想形が明確になり、モダンピアノでその音を実現させることがはるかに容易となります。

このようにフォルテピアノを演奏するためには、全く異なるフィーリングを持つ必要がありますが、ピアノを弾く方にはぜひ一度チャレンジしてほしいです。その後のピアノ人生に多くのことをもたらしてくれるでしょうから。

――今回の公演では、フォルテピアノのために書かれた藤倉さんの新曲も演奏されますが、作品の印象を教えてください。

まずは、この作品を演奏させていただけることを大変誇りに思いますし、すごく興奮しています。他にはない雰囲気を持つ面白い作品で、独特の言葉や音楽の世界が広がっています。

古楽器で藤倉氏が何を表現したかったのか、皆さんも聴いてすぐに頭に浮かぶでしょうし、この作品を日本の観客の皆さんへお届けできることを、とても楽しみにしています。

©京都コンサートホール(当日演奏するフォルテピアノと共に)

――ショパンはもちろん、藤倉さんの作品も、とても楽しみです。
それでは最後に、お客様に向けてのメッセージをお願いします。

18世紀オーケストラとの演奏ツアーが、今から楽しみでなりません。前回マエストロ ブリュッヘン、そして18世紀オーケストラとすみだトリフォニーホールで演奏してから、もう11年が経とうとしています。マエストロを思い出し、寂しくもなりそうですが、この素晴らしいオーケストラと、またステージで演奏できることをとても楽しみにしています。マエストロの音楽への情熱と功績を引き継ぎ、18世紀オーケストラと共に素晴らしい音楽を奏でたいです。皆様のご来場を心からお待ちしております!

――アヴデーエワさん、お忙しい中インタビューにお答えいただきありがとうございました。

ぜひ皆様もショパンが作曲していた当時の音ともいえる、生のフォルテピアノの演奏をお聴きいただければと思います。ご来場を心よりお待ちしております。

The Real Chopin × 18世紀オーケストラ 京都公演」(2024/3/9)特設ページはこちら

18世紀オーケストラメンバー 山縣さゆりさん(Vn.)特別インタビュー(2024.03.09 The Real Chopin×18世紀オーケストラ 京都公演)

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京都コンサートホール

2024年3月9日(土)に29年ぶりに京都公演を行う「18世紀オーケストラ」。同オーケストラのヴァイオリンのメンバーとして長年ご活躍されている山縣さゆりさんにインタビューを行いました。古楽との出会いや、18世紀オーケストラ創設者ブリュッヘンとの思い出、古楽オーケストラの魅力などを教えていただきました。
ぜひ最後までお読みください。

――山縣さんは、18世紀オーケストラに長年参加されているとお聞きしましたが、古楽との出会いや古楽の魅力について教えてください。

山縣さゆりさん(以下敬称略):私が古楽と出会ったのは、日本でまだモダンヴァイオリンの学生をしていた頃でした。その当時、数人の管楽器奏者の方々がオランダから帰国し、桐朋学園大学音楽部古楽器科を創設したのです。そして、何かのきっかけでその方たちと出会うことになり、あっという間に、その古楽器の魅力の虜になっていました。何がそんなに魅力的だったのかは明確ではありませんが、とにかく私にとって、その考え方や奏法(作曲された時のスピリットを尊重する)があまりにもしっくりきて、ほかの方法など在りえないと感じました。

その当時、日本にはまだバロックヴァイオリンを専攻できる大学が存在しなかったので、モダンヴァイオリンを日本で学んだ後、オランダに留学しました。

――18世紀オーケストラには、いつ頃から参加しておられますか?

山縣:18世紀オーケストラに初めて参加したのは、私がオランダに留学した翌年(1985年)で、それ以来ずっとメンバーです。

――メンバーとして長年参加されてきた18世紀オーケストラですが、現在のオーケストラの状況についてお聞かせいただけますか。

18世紀オーケストラ ©Simon Van Boxtel 写真中央が山縣さん

山縣:実はここ2、3年の間に、最初から参加していたメンバーがほとんどリタイアしてしまったので、現在リニューアルの真っただ中です。今後どのようにしたら、今まで育んできたスピリットを継承しつつ未来へと繋げ、そして広げてゆけるのか、模索しているところです。

最近の若いバロック演奏家たちは、皆さん本当に素晴らしいので、まずはこの才能豊かな人たちとオリジナル楽器の素晴らしさを分かち合いたいと考えています。そして、ブリュッヘンとの思い出を押し付けるのではなく、彼の意図した⾳楽の本質を、後世にうまく語り継いでいくことができれば素晴らしいなと思います。

――今回のプログラムにもあるモーツァルトの交響曲は、18世紀オーケストラの創設者ブリュッヘンが得意とし、数多くの名演を残したレパートリーですが、ブリュッヘンとの思い出などをお聞かせいただけますか。

山縣:確か初めて参加したツアーで、今回演奏する「ハフナー」のシンフォニーを演奏したように覚えています。ブリュッヘンは、第1ヴァイオリンのメロディーの持って行き方に物凄く神経質で、リハーサルでは、弾き方を一音一音指示され、大変な緊張感があったことを思い出します。
オリジナル楽器でのモーツァルトの演奏は、それはそれは新鮮で、それまでに演奏し尽くされた有名な交響曲が、あたかも新作で、これが初演ではないかと勘違いするほど耳に新しく斬新で、鳥肌が立つことはしょっちゅうでした。

――よく演奏されるモーツァルトが、オリジナル楽器で弾くと毎回新作と感じるほど新鮮な演奏だったのですね!ますます公演が楽しみになってきました!!
使用されるオリジナル楽器についてお尋ねしたいのですが、今回はモーツァルトとショパンを演奏されますが、同じ楽器を使用されますか?

山縣:本来でしたら2つの楽器で弾き分けるのですが、今回のようなツアーの場合、二つの楽器を持ち歩く事はとても大変なので、基本的に一台の楽器で演奏します。管楽器の方たちも恐らく同じだと思います。私は、弓は二本持って行く予定です。一つはモーツァルト用、もう一つはショパン用です。

(上から順にバロック、初期クラシック、後期クラシックのヴァイオリンの弓)

――2種類の弓で弾き分けられるのですね!ピッチについては、いわゆるバロックよりも後のクラシックピッチ*(A=430Hz)で演奏されますか?

山縣:今までほとんどの場合、モーツァルト以降は430Hzで演奏してきました。今回も同様となります。

*注:バロックピッチの種類も沢山あるが、(A(ラの音)=415Hz)、現在のオーケストラでは(A(ラの音)=440Hz~442Hz)が主流。クラシックピッチは、現在のオーケストラの音よりほんの少し低くチューニングされている。

――とても興味深いお話をありがとうございました。ちなみに、今回共演する2人のソリスト(アヴデーエワさんとリッテルさん)とは、すでに共演されていますね。

山縣:アヴデーエワさんとは、ワルシャワの音楽祭で何度かご一緒しました。確か、レコーディング(ブリュッヘン指揮)もあったと思います。去年(2023年)の夏も、ブレーメンの音楽祭で、ショパンの両方のコンチェルトを一緒に演奏しました。

またリッテルさんは、2018年に第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールに出場された時に、私たちがコンチェルトの伴奏を務めました。

トマシュ・リッテル&18世紀オーケストラ ©The Fryderyk Chopin Institute                                           (第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールより)

 

 

――すでに共演されているソリストお二人という事で、今回の公演ではさらにどのような音楽になるか楽しみですね。また今回は指揮者がいませんが、指揮者なしの本番もよくありますか?その場合はやはりコンサートマスターが中心となって音楽を創っていくのですか?

山縣:最近は、指揮者なしの本番も少しずつ増えていますね。ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンの初期の作品あたりまででしょうか。
交響曲の場合は、コンサートマスターが中心となります。協奏曲の場合は、その曲にもよりますが、コンマスとソリストの両方が中心的存在となります。

指揮者のいない演奏は、やはり普段とはかなり違った雰囲気になります。交響曲の場合は、団員一人ひとりが室内楽に参加するようなイメージです。そして、協奏曲の場合は、団員全員がソリストに耳を傾け、一音でも逃すまいと頑張ります。
やはり指揮者がいない分、それぞれ一人ひとりの責任が重くなり、緊張感がより高くなるといって良いかもしれません。

――指揮者がいない公演も多く演奏されているのですね。貴重なお話をたくさんありがとうございました。京都コンサートホールの過去の公演プログラムを見ていると、前回の18世紀オーケストラの京都公演(1995年)のプログラムには、山縣さんのお名前がありました!
最後に29年ぶりとなる京都公演に向けてのメッセージをお願いいたします。

山縣:実は今回のツアーには、このオーケストラの創設者であるブリュッヘンを知らない団員がたくさんいます。でも皆、オリジナル楽器の魅力に取りつかれてこの道を選び、そのスピリットを受け継いでいる人たちばかりです。ブリュッヘンがオーケストラの前に立つことはもうありませんし、当時と全く同じ音を作り出すことも出来ません。でも、いま私たちが持ち合わせる、出来る限りの力と情熱をもって精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

――山縣さん、いろいろと質問にお答えいただきありがとうございました!3月9日の公演で18世紀オーケストラの皆様にお会いできるのを楽しみにしております。もちろん演奏もとっても楽しみです!

The Real Chopin × 18世紀オーケストラ 京都公演」(2024/3/9)特設ページはこちら