【NDRエルプフィル特別連載③】「北ドイツの雄、NDRエルプフィル」(中村真人、ジャーナリスト/ベルリン在住)

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京都コンサートホール

いよいよ公演が来月に迫った「NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団(旧ハンブルク北ドイツ放送交響楽団)」(11/1)。

本公演の魅力をお伝えする「NDRエルプフィル特別連載」。第3弾は、NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団についてご紹介します。ライターは、ベルリン在住のジャーナリストで、ドイツのオーケストラ事情に詳しい中村真人さんです。


「北ドイツの雄、NDRエルプフィル」
中村真人(ジャーナリスト/ベルリン在住)

NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団(エルプフィルハーモニーにて)

地方分権の伝統が強いドイツでは、公共放送も州レベルで置かれている。それら放送局を母体とするオーケストラがドイツにいくつもあり、いずれも高い水準にあることはこの国のオーケストラ文化の豊かさを物語っているといえるだろう。その中で、北の雄といえるのが、ハンブルクを本拠とするNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団である。

NDR(北ドイツ放送)の放送オケであるこの楽団は終戦の年である1945年に創設され、初代首席指揮者ハンス=シュミット・イッセルシュタットのもと、短期間で飛躍的に実力を向上させた。その後、1982年から第4代の首席指揮者を務めたギュンター・ヴァントのもと、楽団は新たな黄金期を迎える。

筆者はドイツへ短期留学した1998年夏、当時日本で新譜が出る度に話題になっていたヴァント指揮北ドイツ放送響(当時の名称)の生演奏をどうしても聴きたくて、はるばるエジンバラ音楽祭まで赴いたことがある。曲目はブルックナーの交響曲第5番だったが、まるで建築物を思わせる堅固な構築と、完璧に調和の取れた、それでいて人間味を失わない深い響きが脳裏に焼き付いている。オーケストラの響きの差異が昔ほど聴き取りにくくなっているグローバル化の世界にあって、NDRエルプフィルはドイツのオケとしての独自の響きをいまに伝える楽団の一つだ。それは、彼らが長年本拠地としてきたライスハレという豊かな響きを持つホールと共に育まれてきたもので、ハンブルク生まれのブラームスを始めとするドイツもののレパートリーはかけがえのない魅力をもつ。

2017年1月、この楽団に新たな歴史が刻まれた。世界中の注目を集める中、新コンサートホールのエルプフィルハーモニーが華々しくオープンしたのである。ライスハレは名ホールだが、これまでオーケストラはリハーサルを行う放送局のスタジオと本番のホールとの間を毎回行き来しなければならなかった。1つのホールでリハーサルから響きを作り上げられるということは、世界の一流オケにとってきわめて重要な環境であり、そのための条件でもある。また、2100席のキャパシティを持つエルプフィルハーモニーでは、マーラーやワーグナーといった巨大編成の曲にも余裕をもって対応できる。ホールの話題性もあって、ほぼ毎公演が完売という盛況だ。NDRエルプフィルは、これ以上ないほどの音楽的環境を手にしたのである。

エルプフィルハーモニーの杮落とし公演の様子(C)michael_zapf

そういう中、2019/20年シーズンからアラン・ギルバートが首席指揮者に就任する。正式な就任はまだ1年後だが、ギルバートは2004年から15年までこのオケの首席客演指揮者を務めるなど、すでに緊密な協力関係ができている。新たな本拠地とシェフを得たNDRエルプフィルは、伝統的なレパートリーに加えて、より多彩な響きのパレットや柔軟性を獲得しつつある。ギルバートのもと、このオーケストラが新たな黄金時代を迎えるための条件は、すでに十分すぎるほど揃っているのである。


中村真人(なかむら・まさと)
フリージャーナリスト。神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、2000年よりベルリン在住。著書に『ベルリンガイドブック「素顔のベルリン」増補改訂版』など。ブログ「ベルリン中央駅」http://berlinhbf.com

 


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