「この秋、京都での一番の聴きもの」(NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団公演に寄せて)

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京都コンサートホール

1945年に設立されたNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団は、70年の歴史を誇る名門オーケストラのひとつです。高水準の演奏技術と卓越した音楽性により、確固たる世界的地位を築いてきました。これまで長らく「ハンブルク北ドイツ放送交響楽団」として活動してきましたが、2017年に拠点を新設エルプフィルハーモニーホールへ移行したことから、名称を「NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団」に変更。今日に至るまで、精力的な活動を展開しています。

15年ぶりとなる今回の京都公演(11月1日19時開演)では、次期NDRエルプフィル管弦楽団首席指揮者のアラン・ギルバートと人気ピアニストのエレーヌ・グリモーが登場し、オール・ジャーマン・プログラムを披露します。

この公演のために、大阪音楽大学名誉教授であり音楽学者・音楽評論家でいらっしゃる中村孝義氏がNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団について特別寄稿してくださいました。
NDRエルプフィル公演への胸の高まりが聞こえてくるような、素敵なエッセイとなっております。


「この秋、京都での一番の聴きもの」
中村 孝義 (大阪音楽大学名誉教授、音楽学、音楽評論)

エルプフィルハーモニー管弦楽団。クラシックの世界にそれなりに通じておられる人でも、ちょっと耳慣れない名前のオーケストラだが、新しいオーケストラかなと思われたかもしれない。確かに名称は新しいのだが、実はオーケストラ自体は新しいわけではない。2017年1月までこのオーケストラは、北ドイツ放送交響楽団と名乗っていた。ハンブルクを本拠とし、ドイツの超一流が顔をそろえる放送オーケストラのなかでも、南のミュンヘンを本拠とするバイエルン放送交響楽団と並んでトップの地位を占めてきたオーケストラである。名匠ハンス=シュミット・イッセルシュテットによって1945年の創立以来じっくり育て上げられ、その後もクラウス・テンシュテット、ギュンター・ヴァント、ジョン・エリオット・ガーディナー、ヘルベルト・ブロムシュテット、クリストフ・エッシェンバッハ、クリストフ・フォン・ドホナーニなど名だたる名指揮者が跡を継ぎ、現在は古楽の分野でもすばらしい業績を重ねてきたトーマス・ヘンゲルブロックが首席指揮者を務めている。

NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団©NDR Michael Zapf

実は昨年2月、このオーケストラの本拠が従来のライスハレ(旧ムジークハレ)からハンブルクの新しいランドマークとなったエルプフィルハーモニーに変わった。このホール、実はエルベ河畔に建つ歴史遺産である埠頭倉庫の上に重ね積み上げて建てるという、奇想天外な方法で作られたものだが、計画が余りに奇抜であったためもあり、建設は、建築技術的にも資金的にも難航し、何と着工から10年もかかってやっと2016年10月に完成したものであった。しかし我が国の永田音響設計の豊田泰久氏によって設計された音響は抜群で、ハンブルクを代表する北ドイツ放送交響楽団もここに本拠を移すと同時にNDR(北ドイツ放送の略称)エルプフィルハーモニー管弦楽団と改名したのであった。

エルプフィルハーモニーホール©thies raetzke

私は北ドイツ放送交響楽団の時代に、朝比奈隆、ヴァント、エッシェンバッハ、ドホナーニ、ヘンゲルブロックの指揮でこのオーケストラを聴き、そのドイツ的な分厚くややくすんだ奥深い響き、それに放送交響楽団であることかくる俊敏な機動性を兼ね備えた優れた演奏に大きな魅力を感じたものだ。そして昨年エルプフィルハーモニーと改名したこのオーケストラが、首席客演指揮者のクシシュトフ・ウルバンスキに率いられて来日した公演を聴いてもう一度驚いた。古楽を主領域とするヘンゲルブロックの薫陶を受けてきたということもあろうが、ドイツ的な響きの温かさも残しながら、ずいぶんと明るさや軽やかさも加え、表現にもしなやかさが増していたからだ。近代的な新しい質感の響きを持った新本拠で演奏を重ねるうちに、彼らの響きや表現にも微妙な変化が起こっているのだろう。

今回は、来年から首席指揮者に就任するアメリカ期待のアラン・ギルバートが率いてくるが、しばらく前までニューヨーク・フィルの首席指揮者をしていたほどの傑物であるとともに、まだ若い清新な感覚を持つ俊英だけに、ワーグナー、ベートーヴェン、ブラームスという純ドイツ・プロで、このドイツ有数の名オーケストラと様々な化学反応を起こし、ドイツの伝統に立脚しながらも、斬新な解釈に彩られた素晴らしい演奏が展開されるのではと期待される。この秋に京都で聴ける最も楽しみなオーケストラ演奏会といってもよいだろう。

アラン・ギルバート©Chris Lee

 

中村 孝義(なかむら・たかよし、大阪音楽大学名誉教授、音楽学、音楽評論)

1985年ドイツ・ヴュルツブルク大学音楽学研究所客員研究員。1991年大阪音楽大学教授。2006年大阪音楽大学学長。現在は理事長、名誉教授、ザ・カレッジオペラハウス館長。文化審議会委員(文化勲章受章者選考)、文化庁芸術祭審査委員長、日本芸術文化振興会評価委員などを歴任。現在も、日本音楽芸術マネジメント学会理事長、ローム ミュージック ファンデーション、アフィニス文化財団、平和堂財団、花王芸術・科学財団、住友生命福祉文化財団などの評議員や理事、日本芸術文化振興会の運営委員など、多くの公益財団、公的機関の役員、委員、選考委員を務める。ベートーヴェンや室内楽を中心とする音楽学研究のほか、オペラ活動やアーツ・マネジメントにも関心を寄せ、音楽の友、レコード芸術、モーストリークラシックなどで評論活動も展開。主要著編書に「室内楽の歴史」(ミュージック・ペンクラブ賞新人賞受賞:東京書籍)「ベートーヴェン 器楽・室内楽の宇宙」(春秋社)「音楽の窓」(カワイ出版)「西洋音楽の歴史」(東京書籍)などがある。