吉野直子(ハープ)&宮田まゆみ(笙) 特別インタビュー(「あけてみよう!”音楽のトビラ”」7/26ご出演)

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京都コンサートホール

大人から子どもまで、幅広い年代の方にクラシック音楽をお楽しみいただく「あけてみよう!“音楽のトビラ”」。今回は、日本を代表する演奏家、吉野直子さんと宮田まゆみさんをお迎えします。

吉野さんは、ベルリン・フィルをはじめとする世界主要オーケストラやギドン・クレーメルといった世界的なアーティストと共演しているハーピスト。宮田さんは、1998年の長野オリンピックの開会式で国歌を演奏した、笙演奏の第一人者です。

今回はお二人について、そして普段聞くことの少ないハープと笙についてもっと知っていただくためにメール・インタビューを敢行しました!
楽器やプログラムの魅力などを、とても丁寧に答えてくださいました。

――まずハーピストの吉野直子さんにお話を伺いたいと思います。ハープとの出会いをお聞かせいただけますでしょうか?

吉野さん:母がハーピストでしたので、物心がついた頃からハープが身近なところにありました。ハープをきちんと習い始めたのは6歳の時で、父の転勤に伴って家族で引っ越したアメリカのロサンゼルスででした。アメリカでもハープの勉強を続けたいと母がレッスンを受けていたスーザン・マクドナルド先生に私も教えていただき、この素晴らしい先生との出会いのおかげで、自然にハープの道に進むことになりました。

――吉野さんの思うハープの魅力とは何でしょうか?

吉野さん:まず第一に「自分の指で直接弦を弾いて音を出す」ということだと思います。ハープでは、音の強弱から微妙な表情のニュアンスまですべてを、弦の弾きかたを変えることによって表現しないといけません。また、ソロだけでなく、室内楽やオーケストラなどにおいて多様な表現力をもっていることも、ハープの大きな魅力だと思います。

――ハープを弾かれている姿を見ると、華麗な指先に目が行ってしまうのですが、実は足も駆使されていらっしゃるのですよね?一見優雅に見えるハープですが、演奏する際「これは大変!」あるいは「これだからハープは楽しい!」といったハープ奏者ならではのお話をお聞かせいただけますでしょうか?

吉野さん:先程の答えと関連しますが、「すべてを自分の指先だけで伝えることができるし、伝えなくてはいけない」というのが、ハープの一番の楽しさであると同時に、大変なところだと思います。さらに、ハープの演奏では足も大切な役割があります。ペダルが7本あり、これを操作することによって、弦の音程の高さがシャープやフラットなどに変わります。それなので、曲によっては手だけではなく、足も忙しく動かすことになります。

(C)Akira Muto

――そして今回、ハープとコラボレーションするのは、東洋の楽器、笙(しょう)。
笙奏者の宮田まゆみさんは、もともとピアノを専攻なさっていたと伺いましたが、笙を演奏することになったきっかけをお聞かせいただけますでしょうか?

宮田さん:ピアノもとても好きなのですが、大学の音楽美学の講義の中で「宇宙のハーモニー」という音楽の捉え方が古代ギリシャをはじめいろいろな地域にあったことを知り、そのハーモニーを私も聴いてみたいと模索しているうちに出会ったのが「笙」でした。

――ピアノやヴァイオリンなどと比べると、笙を見たり聴いたりする機会は多くはなく、どんな楽器かご存じでない方もいらっしゃるかと思います。笙とはどんな楽器でしょうか?

宮田さん:笙はとても古い楽器で、3300年ほど前の中国の古代文字の中にも「笙」を表す「龢」という字があるので、それ以前から存在していたようです。日本には奈良時代より少し前に、中国から伝えられました。環状に束ねた竹管が木製の空気室に挿し込まれ、各管の根元には金属製の薄い簧(リード)が付いています。竹管は17本ありますが、いつの時代からか2本の竹の簧が失われ、現在は17本あるうち15本の音だけ鳴るようになっています。簧には切り込みがあり、表と裏の両方向に振動するので吹く息、吸う息の交代で音を長く持続させることができ、また右手2本、左手4本の指を使って複数の音を同時に出すことができます。このような複雑な構造を持った楽器が3000年以上も前からあったとは、とても不思議です。

――笙の透き通った音色を聴くと、何だかとても清らかな気持ちになります。宮田さんにとって笙の魅力とは何でしょうか?

宮田さん:笙は複数の音を出せる、つまり和音を演奏することができて、吹く、吸うを繰り返して、その光のような輝きをもった和音がさまざまに色彩を変化させながら途切れることなく流れます。まるで天に流れる天の川のような感じです。

――ソロだけでなくオーケストラとも多数共演されていらっしゃいますが、オーケストラとは普段どのような作品を演奏されていらっしゃるのですか?

宮田さん:武満徹さんが作曲なさった「セレモニアル」という曲は一番多く演奏しています。ちゃんと数えたことはありませんが、多分何十回も演奏しているのではないでしょうか。日本の作曲家では細川俊夫さんが多く作曲して下さいました。一柳慧さん、石井眞木さん、猿谷紀郎さん、権代敦彦さんの作品もあります。外国ではジョン・ケージさん、ヘルムート・ラッヘンマンさん、ゲルハルト・シュテープラーさんの作品などがあります。ラッヘンマンさんの作品はオペラです。

――ヨーロッパやアメリカなどでもご活躍されていらっしゃいますが、海外で演奏した際の興味深かったエピソードなどありますでしょうか?

宮田さん:ヨーロッパでは教会で演奏することも多く、教会の音響や空間は笙と相性が良い気がします。ジョン・ケージさんの笙とほら貝のための作品を初演したイタリア・ペルージアの教会は、ゲーテがイタリア旅行の時に訪れて感動したという円形の大変古い教会でした。その古い教会の木のベンチでケージさんが2時間あまり、じっと聴いてくださったことは忘れられません。

――今回は、そんな2つの素敵な楽器によるデュオをお聴きすることになります。
このデュオを組むきっかけは何だったのでしょうか?またお二人が共演されることになったきっかけやエピソードなどお聞かせいただけますでしょうか?

吉野さん:宮田さんに初めてお会いしたのは、もう20年以上前のことで、雑誌の鼎談でした。初めての共演は、彩の国さいたま芸術劇場で、作曲家の諸井誠さんがヴィオラと笙とハープのために書かれた作品などを演奏しました。もっとも、宮田さんのお名前は細川俊夫さんの「うつろひ」の初演者として、その前からよく知っていましたし、演奏も聴かせていただいていました。今度の公演でも演奏する「うつろひ」は、日本の現代作品の傑作のひとつで、笙とハープのデュオにとっては、なくてはならない大切な曲です。

――「笙」とのデュオは大変珍しいですよね?「ハープ」と「笙」のデュオならではの面白さや聴きどころなどをお教えいただけますでしょうか?

吉野さん:宮田さんとは海外も含め、たびたび共演させていただいていますが、ご一緒すると、フルートやヴァイオリンなど西洋楽器と共演する時とは少し違う感覚があります。宮田さんの笙には、宇宙全体、空間全体に拡がるような独特の音の世界があって、その中でハープが自由に気持ちよく演奏させていただく、という感覚が強くあるのです。

――さて、今回お二方に出演いただく「あけてみよう!“音楽のトビラ”」は、演奏者と聴衆が共に楽器や演奏を「見て」「聴いて」、新しい音楽を「知る」ことのできるコンサートです。
今回の公演の「聴きどころ」「見どころ」、また今回の公演でみなさんに「知ってもらいたい」ことをお教えいただけますでしょうか?そして演奏されるプログラムについて、テーマや聴きどころをお教えいただけましたらと思います。

吉野さん:ハープは西洋の楽器、笙は東洋の楽器として、とても長い歴史をもっています。今回の公演では、笙とハープのデュオ作品に加えて、それぞれのソロ作品も演奏します。演奏の合間には楽器のお話なども交えて、2つの楽器をより深く知っていただきたいと思います。曲目も変化に富んでいますので、デュオの魅力のみならず、それぞれの楽器の魅力も十分に味わっていただけるのでは、と思っています。

宮田さん:ハープも笙も大変古くからある楽器です。同時に現代においても次々と新しい作品が発表されています。古代の香りと新しい息吹、両方お楽しみいただけたら嬉しく思います。またハープと笙に施された「蒔絵」をご覧いただけるとのも嬉しいことです。笙には雌雄の鳳凰の蒔絵が施されています。日本にはかつて、古代中国を経由して伝えられた「箜篌(くご)」という古代ハープがあり、古くは箜篌と笙も「共演」していたようです。ハープと笙はとても仲が良いのではないでしょうか。このコンサートでは、ハープと笙のそれぞれの古典音楽と、新しい音楽、そして二つの楽器が溶け合う響きをお楽しみいただけたらうれしく思います。

――最後に、演奏会を楽しみにしている皆さまへ、一言お願いいたします。

吉野さん:ハープと笙という、出自も個性も異なる2つの楽器が、アンサンブルホールムラタの素敵な音空間でどのように「響きあう」のか、今からとても楽しみにしています。当日は、小ホールならではの親密な空間での演奏を楽しんでいただければ、嬉しく思います。

宮田さん:楽器の歴史も古いですが、最初にお聴きいただく笙の「平調調子」は平安時代の中期、今から千年以上前にすでに演奏されていた曲です。平安時代の音楽観では「平調」は秋を象徴する調でした。コンサートの日、7月26日は旧暦では夏の6月14日にあたるようでまだまだ暑い盛りですが、涼やかな「平調調子」で秋に想いを馳せ、どうぞ暑さを忘れてください!

――お忙しいところ、ご協力いただきありがとうございました!7月26日の演奏会を楽しみにしています!

京都コンサートホール事業企画課(メール・インタビュー)