ヴァイオリニスト 弓 新 インタビュー(2024.10.5 没後100年記念公演―― フォーレ ピアノ五重奏曲 全曲演奏会)

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京都コンサートホール

ロマン派から20世紀初頭の近代音楽への架け橋となったフランスの巨匠、ガブリエル・フォーレは2024年に没後100年を迎えます。

京都コンサートホールでは、フォーレの没後100年を記念して、「フォーレ ピアノ五重奏曲 全曲演奏会」を開催いたします(10月5日)。

本公演にて、フォーレの《ピアノ五重奏曲 第1番 ニ短調 作品89》にて第二ヴァイオリン、《ピアノ五重奏曲 第2番 ハ短調 作品115》にて第一ヴァイオリンを担当する、ヴァイオリニストの弓新さんにインタビューを実施しました。

今回のインタビューでは、フォーレの音楽が持つ魅力や、2022年「神に愛された作曲家 セザール・フランク」公演から2年ぶりに共演するメンバーについて沢山お話しいただきました。

ぜひ最後までご覧ください。

――この度はお忙しい中、インタビューのお時間をありがとうございます。現在は、ドイツ在住で日本とドイツの2拠点を中心に多彩なご活躍を重ねられていますね!

はい、2023年までは4年弱、北西ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団でコンサートマスターを務めていました。オーケストラなどで忙しくなると、なかなかまとまった時間を確保することが難しかったのですが、今後は日本やドイツで室内楽やソロの活動ももっとしていきたいなと思っています。ピアノ三重奏や弦楽四重奏などの常設のアンサンブルでの活動や、それこそ今回のような室内楽の演奏会をしていけたらと思っています。

――今回の公演は、オール・フォーレ・プログラムですね。弓さんからみて、フォーレは西洋音楽史においてどのような作曲家ですか?

ワーグナーの流行や後半生にはドビュッシーやストラヴィンスキー、シェーンベルクなど新しい音楽語法が生まれた時代に活動していたにもかかわらず、生涯を通して独自の音楽を持ち続けた人だと思いますね。
フォーレはサン=サーンスの弟子でしたが、その流れは汲みつつも、誰かの作曲技法を真似ることに興味がなかった作曲家、と言えるかもしれません。

2024年4月20日ロームシアター京都にて実施したインタビューの様子

――フォーレのピアノ五重奏曲を2曲演奏していただきますが、どのような作品ですか?

1番はまだ演奏したことがなくて申し上げにくいのですが、2番についてはフォーレの後期作品にあたり、初期の作品に比べると分かりづらいとよく言われますが、たしかにそういうところはあるかもしれません。例えば、ピアノ五重奏曲第2番の最終楽章は、聴いてすぐは何拍子か分かりません。ヴァイオリンソナタの第2番でもそのような箇所があるので、そういうリズム遊びがみられるのはフォーレの音楽の特徴の一つだと思います。

個人的に特にフォーレのピアノ五重奏曲で素晴らしいと思うのは、緩徐楽章です。第2番の第3楽章は、息の長い旋律が連綿と続くように書かれています。これはやはり、フォーレがオルガニストだったということに関係しているのかもしれません。
フレーズの長さの点でいえば、以前、ドイツでピアノ三重奏のレッスンを受けたのですが、ドイツ人の先生が、フレージングを最小のモティーフごとに分解してしまったんですよ。ベートーヴェンのような音楽だったらそれで曲になるのですが、フォーレはうまくいかなくて。やはりフランスとドイツでは、フレーズの考え方も響きの捉え方も、言葉も違うのだなと実感しました。

――弓さんはフォーレを演奏される時、スタイルを変えられているのですか?

そうですね、例えばヴィブラート。普段から僕はあまりヴィブラートをかける方ではないのですが、フォーレの長いフレーズをヴィブラート無しでキープさせようとすると、音楽の緊張感が高くなりすぎてしまう気がします。

どちらかと言えば、フォーレの音楽は非日常的で劇的な緊張感というよりも日常的な雰囲気があると思います。僕の作る音は、ガラスや金属のような純度の高い音だと思うのですが、フォーレでは、もう少しあたたかな手触りのある音色にしていかなければいけないのかなと考えています。例えば、絨毯とか、アンティークの家具のような。

――前回の公演で演奏してくださったセザール・フランクの音楽とはずいぶん印象が違いますね。

そうですね。フォーレの曲は、フランクの音楽のように分かり易いストーリーが無いように感じますね。
ジャンケレヴィッチの著書に、フォーレの音楽は“言葉では言い表し得ないもの”と書かれているんですけど、まさにその通りだなと。フォーレの音楽を語れといわれても語ることは難しい。
また、フォーレはあまり感情が激しい人ではなかったのではないかと思います。
別の言い方をすれば、フランクの音楽には体温を感じるのですが、フォーレの音楽から感じない、言うなればまるでオブジェのようだとも言えます。オブジェといっても、生活から切り離された美術的な意味ではなく、もっと古典的で日常的なイメージと言ったら良いのか。フォーレ自身の内面を音で描いているというよりはフォーレの眼を通した世界、一歩引いた観察者的な視点を彼の音楽からは感じる気がします。こういう客観的な視点はフランスの作曲家に特有のものなのかもしれません。

――話をフォーレのピアノ五重奏曲に戻します。さきほど第2番の話を少ししてくださいましたが、第1番の魅力的な部分を教えてくださいますか。

第1番は美しい作品です。特に冒頭部分は、アルペッジョとユニゾンだけなのに、天才的に素晴らしい音楽に仕上がっています。
あと、これは第1番に限ったことではないですが、使用される音域が全体的に広くないのですね。低音も高音もあまり使われていなくて、ミドルレンジなんです。ピアノ五重奏曲第2番を書いた時期は、フォーレの聴覚障害が深刻化していった時と重なるのですが、こういった特徴には、その影響があるかもしれません。この頃のフォーレの音楽がどこか客観的・傍観的であるように感じるのも、こういった事情とリンクしているかもしれませんね。ただ、そのような状況であっても、限られた音域の中で息の長い音楽を書けるというのが、フォーレのすごいところだなと思います。

また、フォーレの室内楽作品では、どちらかというと内声である第2ヴァイオリンやヴィオラが大事な役割を担うことが多いです。ピアノ五重奏曲第1番の冒頭で、最初に主旋律を奏でるのは第1ヴァイオリンではなく、第2ヴァイオリンなんですよ。とても意外でした。

2024年4月20日ロームシアター京都にて実施したインタビューの様子

――前回に引き続き、カルテットのメンバーは、弓さんに加え、ヴァイオリンの藤江扶紀さん、ヴィオラの横島礼理さん、チェロの上村文乃さんの4名ですね。

このメンバーで演奏するのは前回のフランク公演が初めてだったのですが、キャラクターとしても音楽としてもピタッとはまったな、と良い手応えを感じました。ですので、今回もフォーレのピアノ五重奏曲を一緒に演奏できることがとても嬉しいです。

――カルテットのメンバーのみのリハーサルにも力を入れるとお聞きしました。

そうですね。みんなで音程を合わせたり、息の長いフレーズを演奏する時の弓の速度配分であったり、メンバー全員で同じ質感作りをしていかないといけません。それらの調整をし続けるリハーサルになるでしょうね。すべてのパートが対等でユニゾンが多いからこそ、4声部がでこぼこになってはいけないのです。この作業をやるのとやらないのとでは、ピアノと合わせた時に全く違う出来栄えになると思っています。

2022年「神に愛された作曲家 セザール・フランク」公演の様子

――4人でしっかりとリハーサルをされた後、ル・サージュさんとのリハーサルがますます楽しみになってきますね。

そうですね。ル・サージュさんは「ザ・フォーレ」というべきピアニストです。僕は、ル・サージュさんとエベーヌ弦楽四重奏団が出しているフォーレのCDで彼のファンになったくらい。ですので、今回ル・サージュさんとフォーレを演奏できることが本当に嬉しいです。

――5人で創られるフォーレの世界観がとても楽しみです。それでは最後に、お客様に向けたメッセージをお願いします。

今回のプログラムはオール・フォーレ・プログラムということで、フォーレの魅力が最大限に感じられる内容になっています。間違いなく、終演後には「フォーレをもっと聴きたい」と思っていただけるコンサートになるはずです。ぜひお越しください。

――色々なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。コンサートを楽しみにしています。

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エリック・ル・サージュさんメッセージ&演奏動画

弓 新さんインタビュー

藤江 扶紀さんメールインタビュー

藤江 扶紀さんメッセージ動画

横島 礼理さんメッセージ

上村文乃さんメッセージ動画

公演情報 フォーレ ピアノ五重奏曲 全曲演奏会