VOX POETICAインタビュー(2022.06.28京都北山マチネ・シリーズVol.9「ドラマティックに甦る、古(いにしえ)の名歌」)

投稿日:
京都コンサートホール

京都コンサートホール主催のランチタイム・コンサート「京都北山マチネ・シリーズ」。国内外で活躍する音楽家たちが、トークと演奏で素敵なマチネのひとときをお届けします。9回目は、ソプラノとリュートのデュオ、VOX POETICA(ヴォクス・ポエティカ)が登場。ソプラノ歌手の佐藤裕希恵さん、リュート奏者の瀧井レオナルドさんにお話を伺いました。ぜひ最後までご覧ください!

――この度はインタビューの機会をいただき、ありがとうございます。本日は、おふたりそれぞれとデュオについて、そして今回のコンサートについてお伺いさせてください。
まず佐藤さんですが、もともと声楽を始められたきっかけがミュージカルだったのですよね。東京藝術大学の声楽科へ入学された後、さらに古楽の道へ進まれたきっかけをお聞かせください。

ミュージカルをしていた頃の佐藤さん

佐藤裕希恵さん(以下敬称略):最初は古楽が好きで声楽を始めたわけではありませんでした。大学へ進学すると周りは“オペラ歌手になりたい”など、夢がはっきりしている方が多かったのですが、私の場合はただミュージカルが好きで入学したところがあったので、自分の将来を模索していました。興味のあるもの、自分の声に合うもの、向いているものを探しているうちに、先生からヘンデルなどの古い時代の曲を勧められるようになり、その魅力に惹き付けられるようになりました。歌ったり、CDを聴いたりしているうちに、どんどん沼にハマっていき、大学院は古楽科に進学しました。

――大学院で古楽科に進まれた後は、スイス留学にされましたね。
佐藤:大学院に進んでからも、実は外部団体でミュージカルを続けていました。古楽の道へ進むのか、ミュージカルの道へ進むのかで悩んでいた時、バッハ・コレギウム・ジャパンなどでも歌っていらっしゃったバーゼル音楽院のゲルト・テュルクさんというドイツ人の先生が、古楽科の招聘教授として大学に来てくださったのです。そのレッスンがとても面白く、これまでに体験したことのない知らない世界がたくさん見えました。先生が帰られる時、「もっと先生と勉強したかったです」とお伝えすると(当時は言える英語力もなく、友達に通訳してもらって。笑)、「バーゼル音楽院に来たら教えてあげるよ」と言ってくださいました。それまで留学は全く考えていなかったのですが、とにかく先生と勉強したいという思いで、他の国や大学の下調べもせずに、ただただゲルト先生のもとで学ぶためにスイスのバーゼル音楽院を受験しました。

スイスでバロックオペラに出演した際の写真© Susanna Drescher

――ゲルト先生との強いご縁を感じるようなエピソードですね。バーゼル音楽院で古楽の勉強をされ、いまはルネサンスからバロックまでさまざまな古い時代の歌を歌ってらっしゃいますが、それぞれの時代で歌い方に違いはありますか?
佐藤: そうですね、まずどんな響きの場所で、誰に向かって、どんな環境で演奏される音楽かによって求められる歌い方が違いますね。極端な例ですが、マイクを使うミュージカルと使わないオペラでは響かせ方が違いますし、劇場でヘンデルのバロックオペラを歌う時と、残響が10秒もあるような大聖堂でグレゴリオ聖歌を歌うのだと、歌い方は違います。身体を支えている芯の部分は同じなのですが、どれほど身体を開くか、どのくらい多くエネルギーを放出するか、流す息の絞り具合などで歌い方を変えています。

――古楽独特の歌い方はあるのですか?
佐藤:ヴィブラートをかけるかどうか聞かれたりしますが、いわゆるオペラ的なベルカントの歌唱法はヘンデルの時代に確立していったものです。それ以前の17世紀初期のバロック時代が始まった頃の歌唱法は、例えばイタリアの場合、一種の装飾音として隣の音をヴィブラートのように揺らす方法がありました。また、「トリッロ」と呼ばれたいわゆるトリルは、音程を変えずに同音の音を連続して演奏します。このように、現代では馴染みのない歌唱法が登場するのです。こういった装飾音が装飾として際立つように歌うためには、ヴィブラートを控えめにしたほうが美しくなる箇所もあります。また当時の文献を読んで、当時の歌い方がどう描かれているか、という研究もしています。実際に当時の様子を見ていないので、分からないところもありますが。

――文献には、発声方法等について詳しく書かれているのですか?
佐藤:そうですね。とても有名なものですと、ジュリオ・カッチーニという作曲家の曲集の序文に、「こうやって歌わねばならん」ということが書かれています。ただ音声学的に声帯をこうして、というアプローチではなく「喉を打ち鳴らす」というような表現で書かれているので、解釈は人それぞれです。また譜例もたくさんあり、「こういう音の時はこういう即興の装飾をつけなさい」などと書いてあるのも面白いです。当時の歌手がどのように歌っていたか分からないので、結局のところ確信をもって「絶対こうだった」と言えないところが古楽の魅力だと思います。

――佐藤さんは、まるで語るように歌ってらっしゃる姿がとても印象的ですが、もともとミュージカルをやっていたことが活きているのでしょうか。
佐藤:そうですね。バロックの声楽作品は言葉を重視する音楽なので、単に朗々といい声を聴かせるというよりは、言葉に色々な重きを置いて曲が書かれています。語るように歌ったり、ドラマティックに明暗をはっきりつける表現をよく使うのですが、自分の感情をそのままセリフにのせるお芝居と繋がっていると思います。私が古楽に惹かれたのも、私の大好きな芝居に通ずるところが少し見出せたからです。自分なりの色付けができるといいますか、演奏者に委ねられている余白がたくさんあるのです。即興演奏をするにしても、楽譜に書かれていないことが求められる音楽なので、自分が感じたままに表現していいという、芝居的な要素が好きですね。

――これまで苦労された点はありますか。
佐藤:私の声が軽くて細い方だったので、オペラの方々と混じって勉強していた時に、一時期コンプレックスを感じていたことはありました。例えばヴェルディのように、重めで声量の必要な役など大きなアリアは歌えないなどと思っていたことがありましたが、古楽は自分の声が活かせる場所なので、居心地がよいです。声のトレーニングとしてオペラは勉強していますが、やはり古楽が私の進むべき道だと思っています。

――ありがとうございました。次は、瀧井さんにお話を伺います。瀧井さんは故郷がブラジルなのですよね。クラシックギターを学ばれた後、リュートを始められたきっかけを教えてください。
瀧井レオナルドさん(以下敬称略):サンパウロの大学でクラシックギターを学んでいる時、リコーダー奏者の友人に、ギターで通奏低音を弾いてくれないかといつも頼まれていました。リコーダーのレパートリーはバロック時代がメインなので、通奏低音に触れる機会となりました。そして大学2年の時、サンパウロ州立音楽学院に新しく古楽科ができて、その友人に「これからリュートの勉強できるよ!」と勧められたのがきっかけです。当時はギタリストになりたいと思っていたのですが、リュートにも興味があったので、せっかくだから行ってみようと思い、リュートの勉強を始めました。

――今回の公演では、リュートとテオルボをご披露いただきますが、あらためてそれぞれの楽器の魅力について教えてください。
瀧井:まずテオルボは、見た目がすごく目立つ楽器ですよね。サイズも大きいですし、音も大きいです。リュートは、見た目も小さいですし、音も小さく、とても繊細な音がします。クラシックギターは弾く時に爪を使って演奏しますが、リュートやテオルボは爪でなく指の腹で弾きますので、自分で音を創り出している感じがとても好きですね。大学を卒業した時に、リュートの道を選び、ギターのために伸ばしていた爪を切りました。

リュートの弦(D majorの和音を押さえているところ)

――クラシックギターとリュートでは、タッチの感覚も全く異なりますか?
瀧井:全然違いますね。ギターは1本ずつ弦が張られていますが、リュートは2本ずつです。ギターのタッチは固いですが、リュートの場合は柔らかいです。
佐藤:複弦といって、リュートは1コースに同じ音の弦が2本張られていて、それを2本同時に指の腹で押さえるのです。実は興味本位で1年ほど彼にリュートを教えてもらったことがあるのですが、なかなか2本同時に押さえられませんでした。それでみなさん速弾きされているので、本当にすごいなと思います。

――とても難しそうですね。クラシックギターとは違うリュートの音色の魅力はどのようなところでしょうか。
瀧井:ギターとは楽器の形も弦の張り方も違うので、全く違う音が出ます。僕自身リュートの音は本当に好きなのですが、どうやって説明すればよいのか…難しいです(笑)。 大きな音ではないですが、とても豊かで繊細な音がリュートの魅力だと思います。

留学後、ブラジルでのソロリサイタル

――瀧井さんも大学卒業後、スイスに留学されたのですよね。
瀧井:大学を卒業した後、将来についてリュートの先生に相談すると、古楽を続けたいのであればバーゼルに素晴らしい先生がいると教えてもらいました。その時、全く留学を考えていなかったので迷ったのですが、ブラジルの先生が「一緒に頑張ろう!」と仰ってくださったので、留学を決意しました。やはり先生の存在が本当に大きく、ありがたかったです。

――その後、留学先のスイスでお2人は出会われたのですよね。VOX POETICA結成と音楽活動を続けるに至った経緯を教えてください。
佐藤:バーゼルでは、アンサンブルを立ち上げるぞ!という意気込みでメンバーを集める人が多かったのですが、私たちの場合は、瀧井さんの学内試験でたまたまデュオを組んだのが結成のきっかけです。その後、何度か演奏機会をいただくことがあり、細々と活動していました。最初の数年は、演奏の機会があれば…と全く気負わず続けていたので、その時は後々CDを出すことになるとは思ってもいませんでした。でもそれが、逆に良かったのかもしれません。だんだん演奏機会が増え、レパートリーも増やし、日本に来てからは、本腰を入れてデュオ活動をするようになりました。

2015年ごろ、VOX POETICA結成初期

――「VOX POETICA」=“詩的な声”とはとても素敵な名前ですが、どのように決められたのですか?
佐藤:最初は特にデュオ名を決めていなかったのですが、 6、7年前に名前をつけようとなりました。私たちは言葉を使うので、それに関係するキーワードがいいなあと考えていました。たまたまアリストテレスの「詩学」という本を読んでいた時、そのなかに出てきた古代ギリシャ語の“ポエーティケー”という単語にすごく惹かれたのです。歌詞を扱うので、文学としての「詩」、「詩的」な表現へのイメージから、この単語を使いたいと考えました。「ポエーティケー」は「作ること」を意味する語幹から生まれた単語だそうで、私たちの表現の創作活動のアイデンティティに据えたいと思い、ラテン語の“POETICA”に「声」という意味の“VOX”を付けました。英語やイタリア語にすると、その国のレパートリーに限られてしまう気がして、ラテン語にしました。VOX POETICAはリュートと声、どちらの声部も詩的に独立し、互いに息づいているものが混ざり合って、ふたりでひとつの音楽を創ることをいつも目標にしています。悩みに悩み抜いて、この名前となりました。

――素敵ですね。日本での活動を始められてから、コンサートだけでなく「フェルメール展」や「ほぼ日手帳」とのコラボなど他分野でご活動なさっていますが、今後の展望などはありますか?
佐藤:リュートと歌のレパートリーはたくさんあるのですが、日本にリュート奏者や指導者が少ないので、リュートに触れて一緒に歌うワークショップ等もしていきたいと思っています。また、録音で、その時その時にできるものを残していきたいなという思いがあります。「今後こんなCDを録りたい」という作品が、もう紙からはみでるくらいたくさんあるので、死ぬまでにやりたいと思います(笑)!

VOX POETICA 日本での演奏写真

――たくさんの曲がリリースされるのをいまから心待ちにしています!では最後に、今回のコンサートのプログラムについてお聞かせください。
佐藤:今回は、リュートとテオルボの2台を使います。普段は、どちらか1台しか使わないことが多いのですが、せっかくなので聴き比べができるような内容にしました。前半のプログラムではリュートとソプラノで、エリザベス女王時代のイギリスにフィーチャーしました。その中でも特に、シェイクスピアとダウランドの2大巨匠にフォーカスを当て、その時代の英語の歌とリュートのソロを聴いていただく予定です。リュートの繊細な音とそれに寄り添うソプラノにご注目ください。後半のプログラムではイタリアとフランスをテーマに、テオルボとソプラノのデュオでお聴きいただく予定です。
瀧井:前半にお聴きいただくシェイクスピアの時代、リュートは大変人気のある楽器で、シェイクスピアの作品が上演された時も劇音楽で活躍したようです。ダウランドのリュートソングに代表されるような、イギリスの美しい作品をお聴きいただきます。後半では、大きなテオルボに持ち替えて演奏しますが、ドラマティックなデュオに加えて、テオルボのソロではロベール・ド・ヴィゼーの《シャコンヌ》という大曲を演奏します。ちなみにド・ヴィゼーは、太陽王ルイ14世のギター教師でもあった人です。
佐藤:また、前半では、シェイクスピア『オテロ』から、セリフと歌を続けてやってみようかなと考えています。デスデモーナというヒロインの女性が無実の浮気を疑われるのですが、夫であるオテロに殺される前に胸騒ぎがして、ひとりで独白をしながら歌を歌うシーンです。リュートが入ってもいいのですけれど、今回はアカペラでやろうかなと考えています。シェイクスピアが生きていた時代のイギリスのお芝居の要素も垣間見ていただけるかもしれません!
後半は、表情がコロコロ変わるドラマティックな音楽を演奏しますので、古い時代の音楽だからとあまり難しく捉えずに聴いていただきたいです。現代の私たちが感じている喜怒哀楽と同じようなものが曲に表れているので、それを感じていただければ嬉しいなと思います。

――この度は、貴重なお時間ありがとうございました!演奏会をとても楽しみにしています。
(聞き手:京都コンサートホール 事業企画課 陶器美帆)

公演情報♪チケット購入はこちらから
公演カレンダー | 京都コンサートホール (kyotoconcerthall.org)