【ベートーヴェンの知られざる世界 特別連載③】バリトン歌手 大西宇宙 インタビュー

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京都コンサートホール

京都コンサートホールの開館25周年とベートーヴェンの生誕250周年を記念して開催する、コンサート・シリーズ「ベートーヴェンの知られざる世界」。

公式ブログでは、シリーズの魅力をお伝えする特別連載を行っております。
第3回は、Vol.1「楽聖の愛した歌曲・室内楽」(10/10開催)に出演していただく、バリトン歌手の大西宇宙さんにメール・インタビューを行いました。

今回歌っていただくベートーヴェンの歌曲についてや、コロナにおける大西さんの取組についてなど、興味深いお話を聞かせてくださいました。ぜひ最後までお読みください。

©Simon Pauly

――この度はお忙しい中、メールインタビューを引き受けてくださり、ありがとうございます。まず大西さんご自身のことについてお伺いいたします。
大西さんはシカゴ・リリック・オペラの所属歌手として、幅広くご活躍なさっています。アメリカを活動の拠点とされたきっかけは何だったのでしょうか。また新型コロナウイルス感染症拡大前の主な活動について教えてください。

アメリカへはまず、ニューヨークのジュリアード音楽院に留学するため渡米しました。世界各地から優秀な指導者と音楽家が集うこの芸術大学で、リーダーアーベント(※「Liederabent(歌曲の夕べ)」)やオペラ公演に出演するのはとても刺激になりました。そんな中、シカゴの歌劇場でオーディションの機会を得ることができ、その後もアメリカの劇場で歌わせていただく機会を頂いています。

新型コロナウイルス感染症拡大前は、ヨーロッパとアメリカ、日本を往復していました。フィラデルフィア歌劇場のリハーサルのためにアメリカに戻った瞬間に、次々と公演がキャンセルになってしまい、これからどうなってしまうのだろうと、恐怖を感じたのを覚えています。

シカゴ・リリック・オペラ「Rising Stars Concert」

――新型コロナウイルス感染症の猛威は計り知りませんね…。
次に、コロナ禍における大西さんの活動についてお伺いします。
感染拡大により、多くのアーティストたちが活動中止を余儀なくされ、アメリカのオーケストラや歌劇場など年内のコンサートが多くキャンセルされたニュースも見ました。
そんな中、大西さんは「宇宙と歌おうプロジェクト」でこれからの音楽家たちを支援されたり、オンラインコンサートに出演されたり、インスタグラムでゲストを招いてライブトーク配信をするなど、様々な活動をされているかと思います。
プロジェクトを始められたきっかけや思いなどをお聞かせいただけませんか。

2月ごろ、アジアやヨーロッパで感染が広がる中、アメリカはまだ楽観的でした。しかし現在は、最も厳しい状況に置かれている国の一つとなってしまいました。私もアメリカでの活動の多くが延期、中止を余儀なくされました。

私のいくつかのオンラインのプロジェクトは、そんな中で音楽家同士の横の繋がりを強めたい、という思いから始めました。
1人で自分だけのためのリモート演奏をすることもできますが、音楽はできるだけ人と楽しみたい。なのでライブトークなどを通じて、音楽について、あるいはコロナ禍をいかに乗り切るか、これからどんな可能性があるか語り合う場を作ることができれば、と思いました。

またロックダウン中は配信だけでなく、世界の同僚たちとなるべく会話し、情報・意見交換するよう努めました。それぞれの国の対策や、状況によって対応の仕方が様々で、芸術家からはどの様なアクションが求められているかを知る、良い機会になりました。

そして「宇宙と歌おうプロジェクト」を始めた背景として、表現の場を失った音楽家たちがたくさんいて、この先も自由に演奏ができるかわからない…特に音大生を含む若い音楽家は、これからまさにという時に、大変な時代になったと思います。音楽の楽しみ方は聞くだけではないと思ったので、なるべくメジャーな曲を、むしろ学生やアマチュアの方にも一緒に歌って楽しんでもらえるような企画を作りたく、このプロジェクトを始めました。今後も継続していければと思っています。

リモート収録風景

――素晴らしい試みですね!ところで大西さんの主な活動は、オペラやオーケストラのソリストとしてのご活躍が多いと思いますが、歌曲の演奏活動をどのようにとらえていますか。またオペラや宗教曲などの独唱と比べて、歌曲の魅力はどういうところにあると思いますか。

何より自由さ、でしょうか。オペラは筋立てや、物語の構成や役が予め決まっていますが、歌曲は自分の解釈と想像力次第で、詩の中の登場人物を自由に旅させることができます。また、プログラミングにも個性が出ます。今回は1人の作曲家というテーマがありますが、私は曲同士を物語のように繋げていくのが好きで、音楽の対話によって、その物語をお客さまと一緒に旅していくように演奏できたらと思っています。

 

――今回歌っていただくベートーヴェンの歌曲は、歌曲やリートの中でもなかなか歌われる機会が少ないかと思います。聴きどころを教えてください。

今回は、私にとっても初挑戦の曲が多い演奏会となります。ベートーヴェンの歌曲は、音楽史の面から見ても特異な存在で、モーツァルトやシューベルトの歌曲とも違います。古典的なきっちりとした形式でありながら、ロマン派的な情熱を含んでいて———まじめでありながら奇抜というか、高貴でありながら人間らしいというか…ベートーヴェン自身のような、複雑な人間性が溢れているユニークな作品ばかりだと思います。
私が歌で一番大事にしているのは言葉、つまり詩のテキストなのですが、ベートーヴェンはその詩に非常に、実直に音楽を付けているという印象があります。なのでとても表現をするのが楽しいですね。

また歌曲を歌っていると、驚かされるのは伴奏の雄弁さです。ピアノや器楽のパートが歌の表現を先導していて、シンプルでありながら詩の内容にぴったりと寄り添うような伴奏が展開されています。その絶妙な掛け合いにも注目していただきたいですね。

浜離宮朝日ホールでのリサイタルにて

――当日お聞きできるのがとても楽しみです!
ベートーヴェンといえば、純オーケストラ音楽である「交響曲」というジャンルに初めて声楽を入れた(第九交響曲)だけでなく、オペラ(フィデリオ)や宗教曲(ミサ・ソレムニスなど)、歌曲など、声楽作品も幅広く作品を残しました。ベートーヴェンの作品における声楽作品の位置づけはどのように思われますか。

ベートーヴェンはソナタや交響曲などの器楽曲により、その名声が現在にも残っていますが、彼の声楽曲、特に歌曲がいかに彼の音楽人生において重要な位置を占めていたかはあまり知られていません。ベートーヴェンの創作人生を紐解くと、彼が常に声楽曲の創造を模索し、いかに人間の声に興味を持っていたかがわかります。またベートーヴェンはしばしば、歌曲を自らの個人的な深い感情を表現する媒体として使っていたと言われていますが、それはまさに先述した、詩があるからできることだとも言えます。ドイツ歌曲というとどうしてもシューベルトやシューマンが注目されてしまいがちですが、ベートーヴェンはその先駆者であり、その後の音楽家たちに大きな影響を残していると言えると思います。

 

――今回共演するピアニストの村上明美さんとは、群馬オペラアカデミー「農楽塾」の発表会で一度共演されたと聞きました。村上さんの印象を教えてください。

アカデミーの最後に講師演奏のような形で、総監督の中嶋彰子さんと一緒にメリーウィドウのワルツを歌いました。歌にぴったり寄り添ってくれる伴奏であると同時に、色彩豊かなピアノで、今回の演奏会は本当に楽しみにしています。あと本人にもお伝えしましたが、素敵なスーツをエレガントに着こなしていらっしゃったのがとても印象的でした。

共演するピアニストの村上明美(C)Shirley Suarez

――これまで京都では、京都市交響楽団の演奏会などにご出演されているかと思いますが、京都で思い出深いことがあれば教えてください。

京都市交響楽団の「戦争レクイエム」に出演させて頂きました(※2018年8月26日「京都市交響楽団 第626回定期演奏会@京都コンサートホール」)。終演後にお客さま方と一緒にホワイエでレセプションをする機会があったのですが、クラシック音楽にとても理解がある熱心なお客様が多く、感動した覚えがあります。
また、「オラトリオ・ソサイエティ・オブ・ニューヨーク」の来日公演(メサイア)でも京都コンサートホールで歌いました(※2019年6月7日公演)。ニューヨークでよく共演する団体の来日公演でしたが、当日は凄まじい盛り上がりようで、アメリカから来たメンバーたちは本当に感激していました。今回も思い出深い演奏会になればと思っています。

 

――最後にお客様へのメッセージをお願い致します。

私にとってはコロナでの活動自粛から、日本での初めての演奏会になります。久しぶりの舞台ということで様々な思いがありますが、これまで温めていたものを皆さんにお届けできればと思います。ホールでお会いできるのを楽しみにしています!

©Dario Acosta

――ありがとうございました!演奏会をとても楽しみにしております。

(2020年9月事業企画課メール・インタビュー)

☆特別連載
①村上明美 インタビュー<前編>
②村上明美 インタビュー<後編>

☆シリーズ特設ページはこちら

指揮者 高関健 インタビュー(2020.09.20第24回京都の秋 音楽祭 開会記念コンサート)

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京都コンサートホール

毎年秋に開催する人気のコンサート「京都の秋 音楽祭 開会記念コンサート」が、今年で24回目を迎えます。

公演に向けて、指揮を務める高関健さんにメールインタビューを行いました。
今回のプログラムやコロナ禍におけるクラシック音楽についてなど、色々と興味深いお話を伺いました。

ぜひ最後までお読みください。

(C)堀田力丸

——この度はお忙しい中、インタビューをお引き受けいただきありがとうございます。
2014年から昨年度まで京都市交響楽団常任首席客演指揮者でいらっしゃったので、京響については熟知されていると思います。今回のコンサートは退任されてから初めての京響との演奏になりますが、お気持ちに変化はありますか。

それぞれのコンサートに対する気持ちは特に変わることはありません。常に最善の演奏を目指すよう心がけています。
京響との初共演は1987年9月の第297回定期演奏会でしたが、33年も前のことなので、オーケストラは今ではすっかり世代交代しています。しかし時間をかけてでも良い音楽を作っていこう、という京響の伝統は少しも変わっていないと思います。さらに長年にわたる広上淳一さんの情熱を持ったご指導によって、楽員の皆さんの高い意識が実を結び、素晴らしいオーケストラになってきていると思います。

 

——「京都の秋 音楽祭 開会記念コンサート」でタクトをとられるのは2015年以来5年ぶりになります。京響の定期演奏会とは雰囲気は異なりますか?

同じお客様に続けて聴いていただく定期演奏会とはもちろん雰囲気も異なりますが、初めて京響をお聴きになるお客様もいらっしゃるはずですから、音楽の素晴らしさ、オーケストラの楽しさをすぐに実感していただけるよう、気を引き締めて演奏していかなければなりません。

2015年9月13日 第19回京都の秋 音楽祭 開会記念コンサートより(撮影:佐々木卓男)

——今回、京都コンサートホール開館25周年ということで、ホールの顔ともいえるパイプオルガンにフィーチャーしたプログラムをお願いしました。
新型コロナウイルス感染症の影響でプログラムを変更せざるを得ませんでしたが、変更後のプログラムもとても素敵です。ジョンゲンとレスピーギのそれぞれの曲の聴きどころを教えてください。

京都コンサートホールのクライス社製のオルガンは音色も多彩で、機能性にも優れた素晴らしい楽器です。
これまでにもオーケストラにオルガンが組み込まれている作品では、京響の定期演奏会をはじめ何度も一緒に演奏し、その音色を確かめてきました。この度のコンサートでは、オルガンの響きを中心に据えたプログラムを、ということでジョンゲンの「協奏交響曲」の提示をいただきました。

アメリカ・ペンシルヴァニア州、フィラデルフィアにある「ワナメイカー百貨店」…現在は「メイシーズ」に名前が変わりました…に世界最大のオルガンが設置されています。お買い物を楽しみながら、オルガンの演奏が始まると、建物の壁をはじめ、あちこちに配置されたパイプが鳴り響きます。特に1階の大きな吹き抜けでは、建物全体から降り注ぐ壮大なオルガンの響きに囲まれてしまいます。

この大オルガンの機能を最大限に生かすための作品が、ベルギーの作曲家ジョンゲンに委嘱され、1926年に「協奏交響曲」ができあがりました。
従って、この作品を正しく演奏するためには、オーケストラがコンサートホールから百貨店に出張して演奏することになります (実際には様々な事情でなかなか演奏に至りませんでしたが、ようやく2008年、フィラデルフィア管弦楽団が「ワナメイカー百貨店」に赴き、正しい形での演奏が実現しました) 。

オルガンを主人公に、という目的にこれほど適った作品はありません。文字通りオルガンとオーケストラとの「競演」…「共演」ではありません…どちらに軍配が上がるか?内容も充実した「協奏交響曲」をお聴きになりながら、その勝負をお楽しみいただければ、これに勝る喜びはありません。

予定では、その後にサン=サーンスの第3交響曲を演奏することになっていましたが、事情によりプログラムが短縮されることになり、レスピーギの「ローマの松」に変更されます。

空気が乾いたローマの青空の下で遊ぶ陽気な子供たち、地下墓地で執り行われる厳かな儀式、澄み渡った夜空に明るく輝く満月と鳥の鳴き声(実際に聴こえてきます)、そしてはるか遠くからアッピア街道の石畳を踏みしめながら勝利の凱旋をするローマ軍と迎える人々の大歓声、そのすべての情景の周りに高くそびえ立つ松。聴いているだけで、見事に情景が脳裏に浮かびます。第2曲と第4曲にオルガンが参加して、オーケストラと共にコンサートホール全体を包み込む雄大な響きを作り上げていきます。

京都コンサートホールのパイプオルガン

——今回オルガン独奏は福本茉莉さんですが、福本さんとは以前、京響の「オーケストラ・ディスカバリー(ジョンゲンの《協奏交響曲》から第3, 4楽章)」で共演なさったことがありますね。

私が指揮を指導する東京藝術大学では、藝大フィルハーモニア管弦楽団が演奏し、在籍する学生がソリストを務める「モーニングコンサート」が毎年13回程度行われますが、私が指揮者として当時大学院生だった福本さんと初共演、その時の曲目がジョンゲン「協奏交響曲」でした。

練習時から技術はもちろん、音楽の構成、確固とした人格、溢れるアイディアの面白さに圧倒されたことを良く覚えています。京響「オーケストラ・ディスカバリー」で共演した時、福本さんはまだハンブルクに留学中でした。
近年は演奏の機会も拡がり、予感していたとおり、日本の若い世代を代表するオルガニストの一人として大活躍されていらっしゃいます。
今回もさらにパワー・アップして、ヴァイタリティーに富んだダイナミックなジョンゲンを聴かせてくださると確信しています。
京響と私も福本さんに負けないように心して演奏に取り組む所存です。

 

—— 先ほどの質問でも話題に出ましたが、今回のコンサートでは、新型コロナウイルス感染症の影響でプログラムを変更せざるを得ませんでした。また、最近、ふたたび感染拡大するなど、まだまだ予断を許さない状況が続いていますが、高関さんは現在のコロナ禍におけるクラシック音楽界(またはオーケストラ界)の現状について、どのようにお考えですか?

流動的な現時点で今後のことを予想することは、私にはできません。ただ、今年前半のいわゆる自粛の期間では、ほとんどすべての音楽家、しかも私たちだけでなく音楽を含めた芸術に携わるすべての皆さんが活動の停止を余儀なくされました。不要不急の議論どころか、私たちは生活の糧を失いかねない状況に置かれ、これほどの不安を味わうことになろうとは、想像もできませんでした。

夏に入って、少しずつ演奏が再開されていますが、特に若い世代の音楽家の皆さん、フリーランスの皆さんにとって状況は改善されていません。
私たちはできるところでは声を上げて、音楽の魅力やライヴのパフォーマンスの素晴らしさを皆さんにアピールしようと心掛けていますが、やはり実際に音楽する機会をいただかなければ、本来の力を発揮することができません。そのあたりのジレンマをものすごく感じています。
ですから、今回のような機会をいただいた時には、いかに生の演奏が素晴らしいか、音楽が自分たちのためだけでなく、皆さんにとって必要不可欠なものなのかを実感していただけるよう、精一杯演奏に表していかなければならない、と考えています。

 

——京都コンサートホールは感染拡大防止策を徹底的に行い、万全の体制でお客様をお迎えする予定です。
当日お越しくださるお客様にメッセージをお願いいたします。

オーケストラおよびクラシック音楽界は、慎重に議論を重ねた上で公演実施のためのガイドラインを作成し、徹底遵守しながら、6月後半より演奏を再開しました。その後もさらに演奏実験を重ねて、より精密で安全な開催を心掛けております。私たち演奏家は毎日の生活を含めて、感染しないよう十分に心掛け、また練習を含めた演奏活動の中では決して感染が拡がらないよう最大の注意を払っています。
お客様に置かれましても、設定させていただいた感染防止のためのガイドラインにご理解とご協力をいただきまして、会場でたっぷりと演奏をお楽しみいただければ幸いに思います。
ご来場を心よりお待ちしております。

2015年9月13日 第19回京都の秋 音楽祭 開会記念コンサートより(撮影:佐々木卓男)

(2020年8月事業企画課メール・インタビュー)

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