オルガニスト 福本茉莉 インタビュー(2020.09.20第24回京都の秋 音楽祭 開会記念コンサート)

投稿日:
京都コンサートホール

今年で24回目を迎える「京都の秋 音楽祭」。その幕開けを飾る「開会記念コンサート」では、京都コンサートホール開館25周年を記念して、ホールの顔ともいえるパイプオルガンをフィーチャーしたプログラムをお届けします。

今回注目のパイプオルガンを演奏するのは、ドイツを拠点に活躍するオルガニストの福本茉莉さん。コンサートに向けてメールインタビューでお話を伺いました。

世界中での演奏活動や今回演奏していただく曲など、色々とお話いただきました。ぜひご覧ください。

(C)Susumu Yasui

———この度はメールインタビューをお引き受けいただき、ありがとうございます。まずはパイプオルガンについて伺います。オルガンはピアノと違い、誰でも出会える楽器ではないと思うのですが、いつどこで出会われましたか?

通っていた小学校にオルガンが新しく入り、楽器の大きさや音量に惹かれてしまいました。飛行機やガンダムなどのコックピットに憧れがあり、オルガンのコンソールを一目見た時から「絶対弾きたい!」と決意。憧れをもったまま中学生になり、普通のクラブ活動の一環でオルガンを始めました。もともと背が大きくはなかったので、オルガンを始めた当初はペダルまで足が全く届かず、先生がひどく困っていたのを思い出します。

パイプオルガンのコンソール(京都コンサートホール)

———福本さんは、現在ドイツを中心にヨーロッパで活動されていますよね。具体的にはどのような活動をされていますか?

去年からドイツ中部にある、ヴァイマールのフランツ・リスト音楽大学で後進の指導にあたっています。オルガンのほかにも、個人レッスンでチェンバロ、オルガン即興演奏と通奏低音といった実技を教えています。また、オルガン音楽史、オルガン教授法などの座学も受け持っています。常勤職なので、平日は普通の学内会議などにも追われていますが、週末には大体どこかしらに演奏に出かけています。昨シーズンからはコンチェルトの機会が増えてきましたので、新しくレパートリーを増やしているところです。

フランツ・リスト ヴァイマール音楽大学の学期始めの大学の教員と学生の集合写真(1列目右から2番目が福本さん)

———ヨーロッパにはコンサートホールだけではなく、教会にもオルガンがたくさんありますよね。オルガンの響き、空間の響きなどの違いや特徴などを教えてください。

教会でもコンサートホールでも会場によって残響や反響が全く異なるので、どのようにそれと対峙していくかは大事な演奏のポイントになります。ヨーロッパも教会によって木造だったり石造りだったりと響きは様々なので、本当に現地に行ってみてフレキシブルに対応していく必要があります。オルガンは空間も含めて楽器といえるので、ぜひ一期一会の響きをライブ体感していただきたいです。

 

———今回で京都コンサートホールのオルガンをお弾きいただくのは2度目(前回は2017年3月)となりますが、京都コンサートホールのオルガンの印象や魅力を教えてください。

90ストップ(音色の数)という非常に大型な楽器で、日本では珍しくフル・オーケストラのサウンドにも真っ向から“勝てる”力強さを備えています。更には音色の多彩さも魅力と言えましょう。

京都コンサートホールのヨハネス・クライス社製のパイプオルガン

———日本国内や、世界中のオルガンの中で福本さんの印象に残るオルガンを教えてください。

様々な国で演奏するとオルガンだけでなく、その国の文化だったり人との出会いだったり、そういう一つ一つのことが合わさって記憶に残っていきます。スイスのバーゼル大聖堂で演奏した後、その大聖堂に設置されていた一つ前のオルガンがロシアのモスクワ、カトリック教会に移設され、その教会で演奏したことは個人的に面白い経験でした。
また、ドイツのナウムブルクにあるヒルデブラント・オルガンはJ.S.バッハが鑑定した楽器なのですが、その音色の魅力や、底知れぬパワフルさで今のところ一番のお気に入りです。
日本のオルガンには、私はまだあまり訪ねられていないので、是非これから開拓していきたいものです。

オランダ・アルクマールのシュニットガーオルガンでのリハーサルの様子
オランダ・アルクマールのシュニットガーオルガン全景

 

 

 

 

 

 

 

 

———次は今回の演奏会について話を移します。
今回のコンサート前半のプログラム、ジョンゲンの《協奏交響曲》は、オルガン・ソロがメインとなる曲です。この作品の聴き所について教えてください。

《協奏交響曲》というタイトルのとおり、オルガンはソリストであると同時にオーケストラの一員としての役割も担います。オルガンという楽器は笛の集合体なので、例えばフルートとの掛け合いだったりオーボエとの掛け合い、そのようなことがオルガンでも絡んでくるので、いま誰が演奏した!?ということもしばしば。オルガンとオーケストラ・サウンドの見事な融合はこの作品ならではの特筆点ではないでしょうか。アメリカはフィラデルフィアにある世界最大、 464ストップ(京都コンサートホールは90ストップ)を持つ巨大ワナメーカーオルガン*のお披露目のために作曲された本作。会場を揺るがすようなオルガンとオーケストラのTuttiは必聴です。

*ワナメーカー:アメリカ・フィラデルフィアにあった百貨店ワナメーカーに設置された世界最大のパイプオルガン(シアターオルガン)です。現在は百貨店「メイシーズ」の中にあります。

 

―――2017年3月に京響のオーケストラ・ディスカバリーで高関さんと共演なさっていましたが(同じジョンゲンの《協奏交響曲》から第3,4楽章のみ)、その時のエピソードや印象に残っていること、指揮者高関さんの魅力などについて教えてください。

大船に乗った心地で演奏させて頂けて、導いて下さる先生の指揮の大ファンです。前回のリハーサル中、オーケストラの皆さんが不安がるくらいにオルガンを鳴らしにいっても、「もっとどんどん出しちゃいましょう!」と先陣を切ってジョンゲンの爆音を再現しようとされる先生がとても格好良かったです。そして先生がTwitterを本番の休憩時間にも更新されていることに衝撃を受けたのでした。演奏者の声が逐一聞けるのは凄く贅沢ですよね。

 

———続いて演奏されるのはレスピーギの《ローマの松》です。この曲ではクライマックスにオルガンが登場し、曲全体を盛り上げると思います。この作品の魅力について教えてください。

終始ドラマティックで音の描写で紡がれる物語が目に浮かぶ、非常に魅力的な作品です。ジョンゲン同様に、フル・オーケストラとオルガンによる華々しい盛り上がりはまさに音楽祭の開幕にふさわしい一曲ではないでしょうか。

 

———今回新型コロナウイルス感染症の影響は、わたしたちに様々な影響を及ぼしていますし、コロナ前・コロナ後で音楽に対する価値観も変わってきたと思います。特にドイツにお住まいの福本さんは現在のコロナ禍におけるクラシック音楽界の現状について、どのようにお考えですか?

確かに今私たちは新しい転換の時代を迎えていると思います。きっとこれからまだまだ多くの影響、変化が生じてくるでしょう。私自身2月末のスロヴァキアでの演奏後は全ての演奏会がキャンセルもしくは延期となり、7月半ばにドイツでの演奏の機会を頂くまで本番から完全に遠ざかりました。幸いにも大学の常勤としてお給料を変わらず頂けたので、フリーランスの方の大変さが余計に身に染みました。音楽や芸術一般に限定すると、それが例え今までとは全く違うフォーマットになったとしても、この時代に即した新たな形が生まれるある意味でチャンスであり、挑戦の時なのだと私は思っています。

ロックダウン前最後に演奏した、スロヴァキア・ブラティスラヴァのオルガン

———京都コンサートホールは感染拡大防止策を徹底的に行い、万全の体制でお客様をお迎えする予定です。最後に、当日お越しくださるお客様にメッセージをお願いいたします。

ライブの醍醐味は肌で感じる音楽、演奏者とお客様双方向から放出される熱気と会場の一体感だと思います。会場を揺れ動かさんばかりの盛り上がりを、高関先生、京響のみなさんとお届けする事をお約束いたします。京都コンサートホールの皆さんの万全なサポートがございますので、是非とも当日会場で、ライブだからこそ体感可能な豪華絢爛なサウンドを体験しにいらしてください!

(2020年8月事業企画課メール・インタビュー)

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【ベートーヴェンの知られざる世界 特別連載②】村上明美 インタビュー<後編>

投稿日:
京都コンサートホール

京都コンサートホール開館25周年とベートーヴェンの生誕250周年を記念して開催する、特別シリーズ《ベートーヴェンの知られざる世界》。

本ブログでは、インタビューなどを通して公演の魅力をお伝えする特別連載を行っております。連載の第2回は、ピアニストの村上明美さんのインタビューの後編です(インタビュー前編はこちら)。
自らが芸術監督を務めるミュンヘンの宮殿での歌曲シリーズや今回のコンサートについて、お話いただきました。

―――前編では、歌曲との出会いや歌曲ピアニストの奥深さなどについてお伺いしました。少し話を前に戻しますが、大学を出られた後はどのような活動をされてきたのでしょうか?

歌曲ピアニストというのはドイツではエージェントもつかないですし、フリーランスとして全て自分でやっていく世界でした。オペラ劇場のコレペティというような枠があるわけではないですし。歌手との演奏会の他、マスタークラスや国際コンクールの公式伴奏の仕事をしていました。

 

―――コレペティと歌曲ピアニストはどう違うのですか?

よく間違えられてしまうのですが、別物ですね。コレペティのお仕事はオペラ劇場で、ピアノを弾きながら音楽稽古をつけるコーチのような役割が多いです。コレペティはオーケストラ譜を稽古で演奏しますが、舞台に出るわけではないのも違いの一つです。歌曲ピアニストは、場合によってはコーチをすることもありますが、基本的に歌手と対等な立場で舞台に立つので、アンサンブルメンバーとして互いに能動的な関係性が理想です。

 

―――勉強になります!ところで、村上さんはミュンヘンで歌曲演奏会シリーズの芸術監督をなさっているんですよね。どういうきっかけで始めたのですか?

フライブルクに留学しているときから、歌曲を勉強するためにドイツの文化に触れていきたいと思うけれど、国で見ると歌曲文化が育っていく環境が少ないなという気付きがあったんですね。卒業後もその状況に疑問を抱くようになっていきました。「歌曲が好きだけど演奏できる場がない」と悩んでいる仲間も多い中、悩んでいるだけでは何も変わらないなと。30歳くらいの時、私自身で具体的に形にすべきだと思い、歌曲会をシリーズとして立ち上げていこうと決めました。そうして、ミュンヘン宮殿で芸術監督としてシリーズを始めました。

 

―――そのシリーズはなんというタイトルですか?

LIEDERLEBEN(リート エアレーベン)というタイトルです。読み方は二通りあって、そのまま「LIED  ERLEBEN(リート・エアレーベン)」と読むと「歌曲を体験する、味わう」というような意味になり、「LIED(リート・歌曲)」で切らないで「LIEDER(リーダー)LEBEN(レーベン)」と読むと「歌曲は生きている」という意味になるんです。自分の思いがプロジェクトの名前になっています。

 

―――タイトルにも思いがこもっているのですね。それは年に何回くらい開催しているのですか?また、どんなアーティストが来てくださるのですか?

年4回です。これまでは、ユリアン・プレガルディエン(Julian Prégardien)さんや、ダニエル・ベーレ(Daniel Behle)さん、バイエルン国立歌劇場専属歌手のオッカー・フォン・デア・ダメラウ(Okka von der Damerau)さん、ウィーン国立歌劇場専属歌手のマヌエル・ヴァルザー(Manuel Walser)さんなど、素晴らしい歌手の方々がたくさん来てくださいました。

 

―――アーティストの人選も村上さんが自らされているのですか?

そうですね。私から素晴らしいと思った方にお声がけさせていただいて、企画の内容をお話して作っています。プログラムも歌手の方によって具体的に提案させてもらっていますし、忙しい方はスケジュールのことをお話しながら計画しています。

―――10月に京都コンサートホールの演奏会に来てくださいますが、一緒に来て下さる大西宇宙さんとはどんなご関係なのですか?

中嶋彰子さんが総監督を務められている群馬オペラアカデミー「農楽塾」で私が歌曲クラスの講師を務めていた際、大西さんがアカデミーの発表会にご来場くださり知り合いました。発表会の最後に、講師とゲスト演奏ということで、中嶋さん、大西さん、私とで一曲共演しましたが、正式に一緒に演奏会で共演するのは今回が初めてです。

 

―――なぜ彼を推薦してくださったのですか?

彼は、力強い深みと柔らかさを兼ね備えた素晴らしい声の持ち主で、このベートーヴェンプログラムを、是非一緒に共演したいと思いました。同世代で、世界を舞台に活躍する大西さんとの歌曲演奏、皆様にも楽しみにしていただければ幸いです。

大西宇宙©Dario Acosta

―――ベートーヴェンの生誕250周年の公演ですが演奏されるプログラムについて教えてください。

ベートーヴェンの3つの歌曲と、有名な「遥かなる恋人に」という作品を演奏します。また、なかなか聴く機会のないベートーヴェンのピアノトリオと歌の編成でスコットランド民謡も演奏します。当時民謡に関心が高まる中、ある英国の楽譜商人が人気作曲家であるベートーヴェンに民謡の編曲を依頼し、書かれた作品です。ベートーヴェンの多面的な魅力を楽しんでいただけるプログラムだと思います。

 

―――ベートーヴェンは歌曲の世界でいうと、どういう位置づけにいる作曲家なのですか?

歌曲の世界ではシューベルトが注目されることが多くて、ベートーヴェンは歌曲のイメージが少ないと思いますが、ベートーヴェンが音楽史上初めて書いたという「遥かなる恋人に」は歌曲としての出来がすばらしいと思います。シューベルトも同じ詩に曲をつけているのですが、ベートーヴェンの作品を見てから嫉妬心で自信を無くしてしまったくらいだそうです(笑)。
この曲は6曲でひとつの連作歌曲になっているのですけど、感情とリンクする素晴らしい作品だと感じますね。作品を通して、ベートーヴェンが自然を愛していたこと、また彼の人間的な温さも感じられます。クラシック時代の伴奏というと、わりと簡単なピアノ伴奏で歌と対等でないだとか、詩とそんなに溶け合ってないようなイメージを持たれることが多い中、この作品においては芸術レベルに達している作品だと思います。

 

―――そのほかに京響のメンバーやチェリストと共演もしますよね。歌曲以外でも楽しんでいただけるかなと思います。すごく大忙しの一日になりそうですね。

ずっと歌曲の世界に浸っていましたが、最近では少しずつ室内楽の活動も増えました。さらに室内楽で演奏の幅を広げていきたいと思っているときに、こんなプログラムで声をかけていただいたので、すごく楽しみにしています。本当に素晴らしい機会をいただいたと思います。

 

―――私たちもドイツで大活躍していらっしゃるピアニストが来て下さるので、これを機にもっと日本の人たちにドイツ歌曲の魅力を知ってもらえたらと楽しみにしています。どうぞよろしくお願いいたします!本日はありがとうございました。

(2019年9月事業企画課インタビュー@大ホール・ホワイエにて、
2020年8月事業企画課メール・インタビュー(大西さん部分))


☆村上明美さんから皆さまへ

☆特別連載①村上明美 インタビュー<前編>はこちら

☆シリーズ特設ページはこちら

【ベートーヴェンの知られざる世界 特別連載①】村上明美 インタビュー<前編>

投稿日:
京都コンサートホール

2020年は、京都コンサートホールが開館25周年を迎えるとともに、ベートーヴェンの生誕250周年の年にもあたります。
この2つのメモリアルイヤーを記念し、京都コンサートホールでは、ほかでは聴くことのできない、特別なコンサート・シリーズ「ベートーヴェンの知られざる世界」を企画しました。

公式ブログでは、本シリーズをより楽しんでいただくため、特別連載を行い、アーティストの生の声などをお届けします。

まず最初は、10月10日のVol.1「楽聖の愛した歌曲・室内楽」に出演し、歌曲と室内楽のピアノを演奏する、村上明美さんのインタビューを行いました。大変充実した内容となりましたので、2回に分けてお送りします。前編では、村上さんが歌曲ピアニストを目指したきっかけや歌曲の魅力などをお話いただきました。

ぜひ最後までお読みください。

村上明美(C)Shirley Suarez

―――この度はインタビューの機会をいただき、ありがとうございます。
まず村上さんのことについてお聞きします。村上さんは、現在ドイツのミュンヘンを拠点に活躍されていますが、ドイツに移られたのはいつですか?また、なぜドイツを選んだのですか?

大学(京都市立芸術大学)を卒業して一年目の2007年からフライブルクに渡独しました。
京都市立芸術大学の図書館で偶然見つけた本がきっかけで歌曲の道に興味を持ち、留学先はドイツにしようとその時から決めていました。どうしてもドイツ歌曲を勉強したいという意思があったからです。

 

―――そのきっかけのお話を詳しくお聞きしたいと思います。音楽高校・芸大で音楽漬けの毎日だったと思うのですが、ソロよりもピアノで誰かと共演するということに最初から興味があったのですか?

音楽高校に通っていた頃はソロにしか興味がありませんでした。子どもの頃から母がピアノを応援してくれていたのですが、高校2年生の時に病気で他界してしまったことで、少しずつ音楽に対する心境も変わっていきました。生活環境の大きな変化に対応する中、「自分は何のために音楽を勉強しているのだろう。音楽でどういうことをしたいのだろう」と問いかけることが大学生になってから増えていきました。そんな時に、自分の好きな音楽を自己分析していて、詩と音楽のように内面的な方向性に惹かれるという傾向に気付いていきました。

 

―――先ほど偶然ある本に出会ったとおっしゃっていましたが、なんという本でしたか?また、いつ頃出会ったのですか?

「伴奏の芸術」というヘルムート・ドイチュという歌曲ピアニストの方が書かれた本です。出会ったのは、大学四年生の時ですね。

 

―――なぜその本を手に取ったのですか?

当時は室内楽をすることが多くて、その時ちょうどチェロとヴァイオリンの伴奏をしていたんです。それで、伴奏の参考になる本を探していて「伴奏の芸術」というタイトルに興味を持って手に取りました。まさか歌曲についての本だとは思いもせず。そして、読み進めてすぐにこれは運命的な出会いだと確信しましたね。今でもその瞬間を覚えています。

 

―――その本の中でどんなことが一番印象に残りましたか?

歌曲作品を演奏する際には、まず作曲家が惹かれた詩と向き合います。作曲家が曲をつけたいと思う言葉に触れるということは、彼らの人間性や当時の思想、感性に繊細かつ直接的に触れることとなります。その親密な世界観と表現の可能性にアーティストとして、とても魅力を感じました。歌曲が持つ表現の具体性と内面的感情表現も印象的でした。
また、私はロマンチストなので、単純に恋や人や、自然への憧れについての詩や音楽も素敵だと思いました(笑)

 

―――その本を読んでから伴奏するときの心持ちや感触というのは変わっていきましたか?

「伴奏」という言葉がどこか持ってしまう付け合わせ的な概念がなくなり、どんなに簡単なパッセージや和音にも役割、意味やファンタジーを求める芸術性を探求するようになりました。また、あの本に出会っていなければ、ドイツ語にここまで自分がのめり込むことはなかったですし、人生が変わるほど歌曲に向き合うことはなかったと思います。
当初はまだ歌曲の世界を全然知らなかったのですが、バッハやモーツァルトなどドイツ語を話す作曲家が好きで、そういう作曲家の曲を弾いているときに、彼らがどういう言葉を話すのか、その言葉から来るフレージングというのはどんなだろうとか、文化にもすごく興味がありました。歌曲を通して、自分の演奏でその世界観を表現したいと思うようになりました。「人生をかけて挑戦したい」と思えるほど、私の人生を変えてくれた出会いだと思います。

―――素晴らしい出会いですね。その出会いの後、フライブルクに行かれてからはこの先生に付くというのは決めていらっしゃったのですか?

フェリックス・ゴットリープ先生というロシア系の先生に付きました。彼もまた運命的な出会いで、偶然彼のCDをタワーレコードで見つけることができて彼の演奏を知ったんです。バッハやシューベルト、室内楽も得意だということを聞いて、迷いなく彼のところに行きました。当時、ソロピアニストとしての腕を上げつつ、ドイツ歌曲演奏に必要な要素を現地で下積みしたいと思っていました。

 

―――先生ともまた、運命的な出会いを果たされたのですね。海外の音楽大学と、日本の音楽大学・芸大というのは少し仕組みが違うと思います。日本では、少し言い方が悪いですが、「伴奏」はピアノ専攻の方が片手間にするイメージが持たれていると思うのですが、村上さんが行かれたところは伴奏専門の専攻だったのですか?

フライブルクではピアノソロを専攻したのですが、ミュンヘンでは歌曲について学べる「歌曲科」という専攻で、本の著者のヘルムート・ドイチュ先生のもとで勉強しました。留学当初から、彼の元で歌曲伴奏を勉強することが夢でした。

 

―――歌曲科というものがあるのですね。そこにはどんな方がいらっしゃるのですか?歌曲科に入ったら、歌手の方は歌曲だけを練習するのですか?

歌手もピアニストもいますが、歌曲を学ぶために来ているピアニストの方が多かったような気がします。また、声楽科に在籍していて授業の一環として歌曲の授業を受けに来る人もいました。歌曲科の歌手の生徒は、本当に歌曲だけに時間を費やしていましたね。歌曲科のピアニストは逆に、歌曲だけでなく、担当の声楽クラスで伴奏することもカリキュラムに組まれていて、そこでは多くの宗教曲やオペラ作品も演奏しました。

 

―――ソロのピアノ科と、歌曲科に入った時ではどんな違いがありましたか?

まず歌曲には詩があるので、詩を読んで言葉のニュアンスやフレーズを感じて楽譜を読むようになりました。詩を書いた人と作曲家の世界観を考えるようになったのは、やっぱり歌曲科に入った後からですね。またソロは一人で音楽を作りますが、歌曲の世界は共演者とともに音楽表現をするので、そこにも大きな違いがありますよね。その他、一曲の長さも全く違います。歌曲は、時に1分以内のものからとても長くて7分から10分ですので。
一つの演奏会で演奏される曲数も当然多くなりますし、またレパートリーも共演者の声質や、得意分野に左右されるので、表現の多彩さが自然と求められます。

 

―――フライブルクとミュンヘンには何年いらっしゃったのですか?そこではどんな本番を迎えられたのですか?

フライブルクに2年、ミュンヘンに2年在籍していました。ミュンヘンは今も私の活動の本拠地です。ソロ科では、学校の発表会での本番が中心でした。歌曲科では、必ず二人の伴奏を担当することが決められていました。私は限られた時間の中でいろんな人と演奏することがとても大事だと思っていたし、レパートリーもたくさんほしかったので、八人の歌手と演奏していました。その分学校の本番を始め、コンクールや録音での共演も多くありました。

 

―――八人!忙しいですね。

そうですね。でも、歌手はそれぞれコンディションがあって、八人全員が毎回歌えるわけでもないので、私としてはたくさんいてちょうどいいくらいでした(笑)一緒に演奏できる時間って少ないから、その時間を本当に後悔のないように過ごしたいという気持ちはありました。

―――そこで2年間勉強されて手ごたえはありましたか?歌曲について深く学べたという満足感はありましたか?

フライブルクの時から副科で歌曲を勉強していたのですが、やはりドイチュ先生のところで勉強してからは、特に深く知ることができたという実感がすごくありました。

 

―――ドイチュ先生はどんな方なのですか?

ドイチュ先生はヘルマン・プライの伴奏ピアニストとしてキャリアを始めた方で、その後世界的歌手のヨナス・カウフマンやディアナ・ダムラウの専属ピアニストとして共演し、今は歌曲ピアニストの世界第一人者として活躍されています。

 

―――私たちは歌曲ピアニストとしてのドイチュ先生しか知らないので、どんなことを大切にして指導されていたかなど、「先生」としてどのような方なのかを教えてもらえませんか?

考えることをとっても大事にされている先生で、楽譜と詩を結び付けて考えさせてくれました。歌曲の世界は人から与えられて出来ていくものではないので、感受性や「自分で考えること」がとても大事で、その辺を鍛えていただきました。また共演者と音楽づくりをする上での音質、指揮者のようにテンポや共演者とのバランスを構築していく感覚も、彼から学びました。あとは、ドイチュ氏が歌手に言うこともすごく勉強になりましたね。歌手は声が楽器なので、演奏上も精神的にもデリケートな世界です。だから、どういう風にコミュニケーションを取っているか、どうやって意見を伝えているのかということも興味深く学ばせていただきました。

 

―――村上さんは歌手の方とコミュニケーションを取る中で、なかなか意見しにくい時もありましたか?

学生の時と今とではすごく変化がありますね。ミュンヘンで勉強していた1年目なんかは今よりもっとシャイで、どういう言い方をしたらより良いコミュニケーションができるか確信がなかったです。ヨーロッパと日本で好まれるコミュニケーションの差にも慣れていませんでした。プライベートでも演奏上でも、はっきりと意思表示することが求められますが、それでいて共演者と調和することが当時はテーマでした。経験と共に、お互いに「演奏の中で、考えと存在感を示す」というところに行きついて、コミュニケーションが取りやすくなりました。また、呼吸ひとつでも良いコミュニケーションはできますから。その中で「これは話さないとどうしても合わないな」と感じられたら「今のテンポどう思う?」とか具体的に話し合うことはできますけど、手探りでやっていたときは一番コミュニケーションが難しかったです。それぞれの性格や状況もあってのことですので、最終的に相手も自分もどちらもリスペクトすることが、良い音楽をするのに大切だと思います。

 

―――奥深いですね。村上さんが歌手の方と演奏するときに大事にしたいことはどんなことですか?

お互いにどれだけ詩と音楽の世界に向き合うことができるかを大事にしています。
作曲家は詩に音楽を付けているので、強弱ひとつでもその詩の感情表現であって、作曲家からのメッセージだと思うんですね。そのメッセージをどれだけ読み込むかというリスペクトがあってはじめて、作品が完成していくのだと思っています。また、心地よく意見を言い合えたり、表現を試しあえる信頼感も大切だと思います。最終的に、舞台で互いに音楽を楽しみ、私たちアーティストを通して作曲家のメッセージをお客様と共有することが目的ですから。

 

―――実は私もフランス語の詩を読もうと思ったことがあるのですが、何を言いたいのか掴みにくく、想像が難しかったんです…

フランス語の詩とドイツ語の詩は全然違いますね。ドイツの方は「フランス語の詩や音楽は苦手!」って感想をよく聞きますよ(笑)フランス語の詩や言葉のフレーズは、ドイツ物と比べ掴みどころがなくて抽象的なんですよね。そこが素敵だったりもするのですが。たぶん、ドイツ人や日本人はきっちりしているから「結局何が言いたいの?」と思ってしまうのかも。ドイツ語の詩はわりと具体的ですし、私はドイツ語の詩に励まされたり、癒されたり、人生について学んだりしていますよ。ぜひドイツ語の詩も読んでみてください!

 

―――ドイツの詩も読んでみたいと思います!おすすめの詩人がいたら教えてください。

詩人は人によって趣味があるので難しいですね。例えばゲーテ、ハイネ、アイヒェンドルフ、リュッケルトとかいろんな詩人がいますが、詩人によって同じ作曲家でも曲の仕上がりの雰囲気も全然違うんですよね。以前ゲーテの歌曲集をバリトン歌手の方と作ったんですけど、詩人を選ぶ際に、いろんな詩人ごとに様々な作曲家の歌曲作品を集めて比較しました。そうすると詩人の持つ特徴から作曲家の作品の雰囲気やエネルギーが相似していることに気が付きました。例えばゲーテだったら力強くていきいきしている作品が多いし、ハイネだったら繊細だけど巧みにエネルギーが交互している作品が多いと感じます。それぞれに良さがあるので、私はどの詩人が好きって言いにくいですね。

 

―――やっぱり詩を単体で読むより、音楽がついている方が入りやすいですか?

私にとってはそうですね。私も当初は歌曲をCDで聴くとき、ドイツ語が分かりにくかったので日本の対訳と同時に聴いていたんですけど、それでも言葉の響きと音楽から自分の中ですごくイメージが湧いたんです。音楽があるから詩が分かりやすくなるという実感があるし、言葉に抵抗があって詩が苦手と思っていらっしゃる方にも、歌曲の世界を通して身近に感じていただけると思います。

 

―――海外よりも日本は歌曲に触れる機会が少ないと思うのですが、もっと身近に感じられたらいいなと思いますよね。言葉が難しいというのもあるんでしょうね。

先ほどドイツ語があまり分からなくてもCDを聴いたらイメージが湧いたというお話をしましたが、それはドイツ語の特徴から来ていると思います。私にとってはドイツ語そのものが詩的で、たとえば「Wasser(水)」という言葉は「水が流れている!」と響きから絵が浮かぶし、「Mond(月)」は満月が輝いている様子が頭に浮かぶんですよ(笑)
心を開いて言葉を聴いて「なんだかこれはやわらかいな」とか「エネルギーが流れているな」といろいろ感じることは、音楽を聴いてイメージが湧くのと似ているのではないかと思います。言葉も音楽のように、リラックスして感じてみるとそれだけで楽しめるものだと思います。

 

―――すごいですね!そんな風にみんなに伝えたいっていう思いがあるから、今までたくさんご活躍されてきたのだと思います。

後編につづく・・・

(2019年9月事業企画課インタビュー@大ホール・ホワイエにて)


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