【フィラデルフィア管弦楽団 特別連載③】フィラデルフィア・サウンドの魅力

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京都コンサートホール

アメリカ“ビッグ5”の一つである「フィラデルフィア管弦楽団」の魅力を様々な視点からお伝えする「特別連載」。第3回は、往年のフィラデルフィア・サウンドを知る音楽学者の岡田暁生氏に、フィラデルフィアの管弦楽団の魅力を語っていただきました。

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随分昔のことだ。アメリカの友人に「フィラデルフィア管弦楽団ってどんなオーケストラなの?」と尋ねたことがある。当時わたしはまだこのオーケストラを聴いたことがなかったのだが、この友人は「音楽家だった僕の父が『あそこのオーケストラの弦パートにはストラディバリウスを持っている奏者がうじゃうじゃいる、世界で一番ストラディバリウスがあるオーケストラさ』と言ってたことがある - ほんとかどうか知らないけど」と言ってにやりと笑った。それから数年後、初めてこのオーケストラを聴いて(当時音楽監督をやっていたリッカルド・ムーティの指揮だった)、これが都市伝説ではなく実話に違いないと確信した。オーケストラのサウンドが一体どこまで「ゴージャス」になることが出来るか ―― フィラデルフィア管弦楽団を聴くとはそれを体感することだ。

The Philadelphia Orchestra performs on New Years Eve, Thursday, Dec. 31, 2015, in Philadelphia. (Photo by Jessica Griffin)

このオーケストラの響きは「フィラデルフィア・サウンド」としてあまりに名高い。もちろんアメリカのオーケストラはどこも豪華な響きを出す。だが「ニューヨーク・フィル・サウンド」とか「ボストン・サウンド」などといった言い方はない。そもそもオーケストラで「・・・サウンド」といった表現がされるのは、黄金期のカラヤン/ベルリン・フィルの「カラヤン・サウンド」、そしてこの「フィラデルフィア・サウンド」くらいのものだろう。

嘘か誠か「世界で一番ストラディバリウスがある」という響きを体感するには、このオーケストラの名声を世界にとどろかせたかつての音楽監督ユージン・オーマンディの指揮による『ロンドンデリーの歌』の古い録音を聴くことを勧める。この贅を尽くした艶、このうねり、このすすり泣き、この陰影!そしてそこはかとないノスタルジー!これぞアメリカンドリーム・サウンド!管楽器もすさまじい。これまたオーマンディ指揮のシベリウス『フィンランディア』の古い録音(このオーケストラがシベリウス自身によって絶賛されたことは有名である)では、どのパートも思いきり「どうだ!」と見栄を切る。それがことごとく「決まる」。しかも個人がスタンドプレーしているのではなく、全体のチームワークがすごい。翳りや深さにもことかかない。

フィラデルフィア管弦楽団はリーマン・ショックのせいで2011年に破産したりして、あのかつての「ゴージャス・アメリカンドリーム・サウンド」をどれくらいまだ維持しているか、懸念がなくはなかった。しかしネゼ=セガン指揮による最近の録音をいくつか聴いてみて(その中には京都公演の演目であるラフマニノフのピアノ協奏曲第二番も含まれる)、それが杞憂であったと大いに安心した。恐らくセガンが意識的に伝統のサウンドを維持することを目標にしているのだろう。この響きはほとんど世界無形文化遺産だ!

(C)Jessica Griffin

岡田暁生(おかだ・あけお)

1960年京都生まれ。大阪大学文学部博士課程単位取得退学。ミュンヘン大学およびフライブルク大学で音楽学を学ぶ。現在京都大学人文科学研究所教授。文学博士。著書『音楽の聴き方』(中公新書、2009年、吉田秀和賞受賞、2009年度新書大賞第三位)、『ピアニストになりたい - 19世紀 もう一つの音楽史』(春秋社、2008年、芸術選奨新人賞)、『恋愛 哲学者モーツァルト』(新潮選書、2008年)、『西洋音楽史 - クラシックの黄昏』(中公新書、2005年/韓国版、2009年)、『オペラの運命』(中公新書、2001年、サントリー学芸賞受賞)など。『スコラ 坂本龍一 音楽の学校』(NHK)や『名曲探偵アマデウス』(NHK・BS)など、テレビ出演多数。朝日新聞の演奏会評のレギュラーで、日経新聞の書評欄もしばしば執筆している。近刊に『リヒャルト・シュトラウス』(音楽之友社)、『すごいジャズには理由がある』(アルテス)など。

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★特別連載
【第1回】受け継がれる伝統とフィラデルフィア・サウンド
【第2回】アメリカ在住ライターが語るフィラデルフィア管弦楽団の現在(いま)